Elnathー18ー

 話し終えると、扉の前にはキルクスが立っていた。

 さっきの兵士の話から、俺の狙いを正確に読んでくれたんだろう。代理の司令官をアピールするためか、警備兵四人を引き連れ、アテーナイヱの国旗のついた飾りのマントまで羽織っている。

 俺はキルクスの前に跪き、報告を始めた。

「和睦の交渉希望を伝えました。ここに置いていても、物資に限りがありますので送り返しましょう。監視に味方を割きたくもありませんし、味方から使者を送るよりも安全です」

「よかろう」

 鷹揚に頷くキルクス。それなりには場慣れしているのか、態度に不審な点や迷いは全く見られなかった。

 もっとも――。

「ありがとうございます」

 演技だと分かっている俺としては、つい噴き出しそうになってしまうが、我慢して慇懃に頭を下げ、門の前へと捕虜を先導した。

 ちなみに、司令官の戦死も手伝って、キルクスによる兵士の掌握が順調に進んだためか、俺の狙いもきちんと伝わっているらしく、然したる邪魔もされないままに捕虜の解放は済んだ。こちらの紳士的な態度は、相手方に充分に伝わるだろう。

 ドクシアディスを先に櫓へと戻し、俺はキルクスに近付き一言だけ耳打ちした。

「夜襲は行う。あくまで嫌がらせ攻撃だがな。こちらへの帰属意思の薄い人間を選んでくれ。戦死させる前提で送り出す。五人小隊を断続的に繰り出し、敵陣に火槍を投げ入れさせろ」

「分かりました、というより、もうそうした書類はまとめて作戦小屋においてありますので、後はご自身で」

「分かった」


 そうして……。

 ようやく本当に全てを終えた夕焼け時、敵陣を見渡せる櫓の上に戻ると、ドクシアディスは俺を見た瞬間に、今度は呆れたような声を出した。

「よくそうポンポン悪い事が思いつくよ」

 攻撃を延期させるための策だけしか分かっていない様子に、……苦労のし甲斐の無さを感じ、こちらも呆れを隠さない声で答えた。

「そう言うな。お前のためでもあるんだぞ?」

「オレの?」

 小首を傾げたドクシアディス。赤い髪が、夕日と同じ色をしている。そういえば、肌の色も日焼けかと思っていたが……もしかしたら、異邦人の血も少し混じっているのかもしれない。南方系だろうか?

 まあ、それで差別するほど俺は狭量ではないが。

「これで、海戦で負けてた時に、キルクスを手土産に赦免してもらう交渉がしやすくなるだろ」

 敵の陣地を見ながら、ぶっきらぼうに告げる。本来なら、使い捨ての駒にしたかった男にここまで配慮することになるとは、との、自嘲を交えて。

「……本当に悪巧みが上手い男だ」

 ドクシアディスが言っている内容は同じではあったが、さっきよりは信頼感のある声だった。

「ありがとう、褒め言葉だ」

 その言葉だけを残し、見張りはドクシアディス達に任せ、俺はこの拠点の中央の最初に通された作戦会議用の小屋へと向かった。

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