Elnathー17ー
「終わった、か」
追撃体制をとっていた敵が退くのを見届け、気の抜けた声を出すドクシアディスに、バカを言えと、軽い笑いを返す。
「捕虜はとっているな? そこへ向かうぞ」
俺の狙いを読めていないのか、あからさまに訝しげな表情をしたドクシアディスだったが、すぐに素直に捕虜を押し込んでいる小屋へと案内してくれた。
小屋の見張りに話を聞くと、どうやら、門内の広場での攻防戦で手足を怪我し、抵抗をやめた十人弱の兵隊が捕虜になっているらしかった。
数といい、怪我の程度といいちょうど良い。
俺がにんまりと笑うと、ドクシアディスは露骨に不安そうな顔で言った。
「捕虜は殺すな。敵対しているが、同胞なんだ」
「……俺のイメージはそれだけか。まあ、否定はしないが。……ああ、いや、違う捕虜を殺すって意味じゃない。今は逆だ、おい、医薬品を持ってこい!」
話の途中で眉間に皺を寄せたドクシアディスに、急いで弁明し、近くの監視の兵士に手当ての機材を持ってこさせる。
「どういうことだ?」
全く分かっていない顔のドクシアディス。
「いいから、素直について来い」
そう言って、俺は手当ての道具を奪い取るように兵士から受け取り、小屋の戸を開けた。
捕虜の怯えた顔が俺に向けられ――。
俺は、今思い出したと言うような素振りで、見張りの兵士に命じた。
「あ! そうそう、キルクスに捕虜を開放する旨を伝えてきてくれ」
見張りの兵士は、露骨に嫌そうな顔をしたが――現状、この拠点で一番腕っ節が強いのは俺だと理解しているのか、渋々といった様子で走り去っていった。
「……本当に、なにがしたいんだか」
「人助けさ。エレオノーレに感化されたんだ」
邪気たっぷりの笑みでこたえれば、ドクシアディスは天井の隅へと視線を逃がして、やれやれと溜息を吐いていた。
「あ、あんた、は?」
露骨に怯えた顔をした捕虜。
いいから楽にしていろ、と、捕虜を座らせたり横にならせたりしたうえで、血止めと消毒の塗り薬を塗り、布で巻き締めていく。
拠点の人数が少ないのに、物資が豊富にあるからこそ出来る手だ。物が無ければ、味方からの批判の方が大きくなるからな。
「あ、ありがとう、ございます」
ドクシアディスも、最初こそ怪訝な顔で俺を見ているだけだったが、すぐに無言で手伝い始め、あっという間に応急手当は済んだ。
「それで、あの、逃がしてくれるって言うのは」
警戒心が完全に解けてはいないのか、まだ態度はおどおどとしているが、助かる可能性を見てか、目はギラギラしていた。
ふふん、と、俺は笑う。
「勿論、本当だ。だが、ひとつだけ些細なお願いを聞いてもらえないだろうか?」
「……味方の事を喋れって言うんですね?」
そういうことか、と、俺が答える前に早合点して肩を落とした捕虜。
ポンポン、と、その肩を親しげに叩き、そっと囁くように俺は話し始めた。
「違う。……実はこの拠点には、戦争が始まった時に国の外に居て、アテーナイヱに捕まり、無理矢理戦わされている人間が多いんだ」
「え?」
話の流れが変わったことに気付き、戸惑った顔になった捕虜。
俺はドクシアディスを見て――。ドクシアディスは、鷹揚に頷いて見せた。
「あなた、も?」
「俺はどっちの国でもないが、コイツ等を助けたくてね」
「あ……そうなんですか」
ようやく状況を飲み込んだのか、ほっと一息ついた捕虜。
俺はその隙を見逃すほどお人好しではなかった。
「逆に、こちらの重要な情報を、そちらの将軍に伝えて欲しい」
「なにを?」
戸惑った声を上げた捕虜。
し、っと、人差し指を口の前に立てる。
周囲を窺って見せ、ことさら声を潜めて俺は告げた。
「さっきの攻防で、司令官は戦死した」
「お、おい」
ドクシアディスが、流石に拙いと思ったのか止めに入ったが、いいんだ、と俺は話し続けた。
「これで、ここに居留されているアヱギーナ人の枷も緩められるんだ。多分、二~三日後には謀反が成功する。この拠点は労せずしてそちらの物になる」
「ほ、ほんとですか?」
安心させるようにゆっくりと頷いて見せ、俺は言葉を続けた。
「だから、今、強攻して犠牲を出さないように進言しておいてくれ。同胞と戦いたくないんだ」
「は、はい! 必ず」
目を合わせた捕虜が、俺の手を取り、何度も何度も頷いている。
こちら側が時間を稼ぎたいという事情を熟知しているドクシアディスは、俺の横で微妙な顔をしていた。根は実直な性格なんだろう。ともあれ、違和感を出されるよりはましなので、演技の強要はしなかった。
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