Elnathー16ー
着いた時には、もう城門は閉まっていた。戦闘の名残か、広場にした門の前には死体かあちこちに転がっている。敵と味方とどちらの死体が多いのかは、すぐには判断出来ない数だ。遠距離攻撃で削れといっておいたんだが、どうせまたバカな戦い方をしたんだろう。
死体を無視して、目的の――あった、破城鎚だ。確認されていた二つともが城内にある。もっとも、どんな戦闘があったのか、片方は壊れているようだったが……。
正面を攻撃できる櫓は三箇所――正門横、南東の隅、南西の隅――あるが俺は殆んど全ての投石兵を引き連れて正門横の櫓へと上がった。人の行動は、意外と単純なもので、門がある側への攻撃は壁に取り付く数が激減すると聞いていたからだ。
無論、保険の意味で櫓の間には、梯子を掛け、いつでも軽装歩兵が登って敵と対峙、もしくは投槍攻撃を行う準備もさせている。
これで……いけるか?
不安や疑問はまだ頭の中に渦巻いているが、それを顔に出すわけにもいかないので、いつも通りの顔で櫓を登っていく。
「アンタは、梯子じゃなくていいのか?」
すぐ後ろで櫓を上がるドクシアディスに訊ねられ――。
「多分、敵は取り付かない」
と、答えた。
「ふうん」
「それに、指揮を行うには、戦況を見る必要があるからな」
ひとりで戦っている時は、もっと悩まなかった。兵隊は、数さえ集めれば何とかなるだろうなんて、安易な考えも持っていたんだが……。人を使うのが、こんなに難しいとは……。
いつもとは違う精神的な疲労に、思わず溜息が漏れた。
櫓の上から見渡す景色は、ある意味、壮観だった。
蟻の群れに、適当なエサを投げ入れた状態というか……。高々数百の――司令官曰く、貧弱ではない軍隊が、その何倍もの敵に食い潰されている。
予想通りではあったが、いや、それ以上か。囲まれる前に退くと思っていた先遣隊の連中は、無理に攻めたのか、餌に釣られて前に出過ぎたのか、ことごとく討ち取られているようだった。
これなら、こちらに敵は来ないか?
慎重に様子を窺っていると、敵の包囲網を数十人の味方が突破し、こちらの拠点目掛けて敗走を始めた。最早外聞に拘っていないのか、剣も槍も盾も捨て――戦場で盾を捨てて逃走するのは一番の不名誉になるというのに、身ひとつで駆けてくる敗残兵。
「狙え!」
溜息交じりに俺は投石兵に命じた。
早めに始末して、敵の再攻勢を思い留まらせたかった。
閉まっている門を見たアテーナイヱ兵の、絶望の声が響いている。呪いの声だ。が、味方の動揺は意外なほどに少ない。なぜなら、俺の兵隊はアヱギーナ人だ。アテーナイヱ兵を攻撃する罪悪感なんて、初めから持ち合わせてはいない。利害の都合だけでここに居る、敵じゃないだけの連中だから。
「攻撃開始」
標的の表情が認識出来る。投石攻撃の有効射程距離だ。俺は冷たくそう言い放った。
身を守るものを捨てていたアテーナイヱ兵が、バタバタと倒れていく。
追撃してくる敵の方に視線を移す。
速度に劣る重装歩兵は、罠を警戒してかその場に留まっており――多分、敵もまさか劣勢のこちらが打って出るとは思っていなかったんだろう――、軽装歩兵がつかみで二百ほど緩やかな二列の横隊による散兵線を形成して、隊列を乱さない速度で追ってきていた。
しかも、こちらの拠点から行われている味方への攻撃を判じかねたのか、その歩みが目に見えて鈍っている。
今のうちだな。
太陽は、随分と西に傾いていて空の色も変わり始めている。数に有利な敵が、敵味方の判別が難しい宵に大規模攻勢をかけることは考え難い。
「流石に二千の兵を任されるだけはあるな、中々当たらない」
ふと、戦場を観察している俺に、ドクシアディスに耳打ちされた。なにを言っているのか分からなかったので訝しげな顔を返すと、目で促された。
ドクシアディスの視線の先にいるヤツを見て、思わず苦笑いが浮かんだ。
まあ、無能なヤツほど意外としぶといモノだしな。
堂々と敗走してくるのは、あのクソ司令官だった。
「貰うぞ」
櫓の後ろの方に立っていた兵士から、投擲用の短い槍を受け取る。
「槍? どうするんだ? いや、投げるんだろうが……」
「俺を気にせず続けろ。要は、先を読んで当てればいいだけだ」
素っ気無く言う俺に、ドクシアディスは少々不機嫌そうに答えた。
「もうやっている。ああも不規則に動かれては、それも難しいんだ」
よく観察して見ると……。成程、確かに走る速さを調整している。また、所々で横に飛んだり、敢えて一歩下がってみたりと、射線を逸らす工夫もしているな。
「黙って見てろ」
フン、と鼻を鳴らし意識をクソ司令官に集中する。
五歩前進し、左に強く跳び、四歩そのまま前へ進み、右に軽くステップを踏んだ司令官。
攻撃に対しては、左に飛ぶ傾向が強いな。軸足の関係か?
槍を構え、三歩下がる。
ただ移動する敵の動きを先読みしても、投擲物の軌跡を見極められれば回避される。溜めに入った姿勢で俺は機を窺う。
味方の投石攻撃は続いている。全ての石の動きを視界で捉えるのは困難だ。が、俺の望む宙域に、幾つかの石が入り――。そのうちの一石が、司令官にぶつかるコースに入った。
今だ! 左に……⁉
ふと見えた司令官の顔に、余裕の色が見えた気がした。
気のせい、と言えば、それまでのようなはっきりと認識出来るものではない……が、なにかが引っ掛かっていた。
迷いが無いわけではなかったが、勘に従って軽い助走の後に槍を投擲する。
放物線を描く軌跡が……正面を見たまま、右に大きく跳んだ司令官の肩を貫通し、ヤツの足を完全に止めた。
やはり、ここぞという時のためにフェイントを混ぜ、得意技を温存していたのか。フン……バカだバカだと思っていたが、根は意外と狡猾だったな。
ただ、最後に牙を見せるようじゃまだまだだ。
「足は止めた。仕留めろ」
短く命令すると、近くに居た投石兵が一斉に司令官を狙い……一拍の間を空け、先遣隊を牛耳っていた男が、無数の石でひしゃげ、ボロ雑巾のようになって地面に転がった。
どうやら、司令官が最後の一人だったらしく、もう目の前の戦場には敗走してくる兵士はいなかった。
そして、それは、そのまま今日の戦闘の終わりへと繋がっていった――。
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