Elnathー15ー

 多分、一戦すればすぐに門を出た味方は敗走するだろう。問題は、その後の敵の行動だ。門を突破してくるか否か。……攻め込んで来るな、確実に。こちらの大凡の数は向こうも掴んでいるだろうし、それに、敗走する味方に混じれば、こちらからの包囲投擲攻撃は受けないと判断しているだろう。内部への侵入も容易い。


 ……破城鎚は、内部に侵入してきた敵部隊が持っていて、今、外には無いはずだ。

 また、敗残兵が帰還すれば、意思の統一が難しくなる上、軍規も乱れる。内輪揉めで全滅するわけには行かない。かといって、救援に全員で打って出ても多勢に無勢だ。もし勝てたとしても、翌日までは持たない。

 手はひとつだった。


「閉門! 門外の兵は全て捨てる。投石兵の半数は正門側の櫓に登り、潰走してくる味方を撃て。こちらの梯子も半分は正面に移せ」

 そもそも先遣隊は俺の軍ではない。今砦に残っている先遣隊の連中との間に遺恨は残るかもしれないが、指揮下に入っていない兵の命の優先順位は低い。見捨てるにやぶさかではない。

「バカな!」

 伝令を東側のふたつの櫓へと走らせようとしたその時、横で話を聞いていたエレオノーレが、いきなり口を挟んできた。

「味方を後退させつつ、援護するんだ! 先遣隊を死なせてはいけない!」

 伝令が足を止めた。周囲の兵に戸惑いが広がっている。ざわつきが広がっていく。

 クソ、ここで言い合えば指揮系統が混乱して戦線が崩壊する。

 時間が、無い!

 ――ッチ。

 エレオノーレの正面に向き直り、すぐさま手加減せずに腹を殴りつけた。拳に腹の柔らかい感触と、内臓に衝撃を伝えた時の独特の手応えが返ってくる。

 俺からの攻撃は完全に予想外だったのか、腹筋にはまるで力が入っていなかった。

「なん、で?」

 二~三度肩をビクつかせてから、エレオノーレは倒れた。そっと瞼を閉じさせ、すぐ側にいるキルクスにエレオノーレを預ける。

「おおよそは退けた。ここの指揮は任すぞ」

「え、ええ」

 俺の意――汚れ役はかってやる――を、正確に把握し、キルクスが頷いた。

「あと、出来れば、ここに残っている先遣隊の連中に司令官を見捨てるに足りる言い訳を提供してやれ」

 キルクスが同族を攻撃する指揮をとるわけには行かない。アレでも、一応はアテーナイヱの政治屋なんだし、正当性をこちらが確保しておく必要がある。どんなこじつけの理由であろうとも、人はその建前を必要とする。特に、民衆っていう生き物は。


「良いのか?」

 気絶して運ばれていくエレオノーレを見て、伝令に引っ張ってこられたドクシアディスが、着きざまに訊いてきた。

「どの道、負ければ全員死ぬんだ。それよりマシだろう?」

「……了解」

 それもそうだとでも言いたいのか、溜息を飲み込んだ顔で同意したドクシアディス。

「急ぐぞ。正門だ」

 先頭を切って駆け出すと、投石兵、次いで梯子を持った軽装歩兵が後ろに続いた。

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