Elnathー14ー

 敵からの遠距離攻撃が再び始まった。石と槍を払い落とした次の瞬間、敵の第一波が城壁に取り付いた。掛けられた梯子は十。良し!

「反撃始め! 敵の梯子を壊せ! いいな、兵士よりも梯子を狙うんだ!」

 近くに掛けられた梯子のひとつを、柄尻を持って間合いを広げた剣で打ち据える。斬ってもいいが、梯子の支えになっている縦木を使用不能なほどに壊したいので、上から圧力をかけて中間地点を砕くことを選んだ。

 事実、打ち据えた一本目の梯子は、どう繕い直してももう使えないほどにばらばらになっている。

 そして、続けざまに、俺を左右から挟み撃つにして二本の梯子が立てかけられた。第二派だ。

 二本の梯子を、十字を切るように剣を動かして壊すと、敵は俺から狙いを完全に外したようだった。

 クソ、意外と動きが早い。

 その隙にサッと状況を把握する。

 味方も応戦してはいるが、やや押され気味だ。敵の梯子は、まだ七割ほど残っていて、俺の付近を避け、城門に近い北東側へと最後の第三派が移動を開始している。

 壁の内側に何人か侵入されたのか、足元も騒がしい。

「正門、敵第二派と交戦中!」

 ――ッチ。

 頼りにならない味方に舌打ちし、梯子から城壁内に飛び降りる。壁を越えて侵入した敵兵は少数だったのか、もう討たれているようだった。

「代われ。俺は南側へ移る」

 梯子の根元に居る兵士達に命じ、五つ隣の梯子に向かうと――。

「アーベル!」

 クソ! コイツ、前線に出てあがったのか!?

 背後から呼びかけるエレオノーレの声に、思わず心の中で毒づいてしまった。てっきり、あのチビについて北東の小屋に居ると思ってたんだが……。

「私はどうする?」

 一瞬、足を止めてしまうが、振り返る暇は……無い! 前回と同じ傷を今回も貰うのは勘弁だ。

「俺の背後につけ。梯子を登らず、根元付近で進入してくる敵に対処しろ!」

 再び駆け出しながら、俺は早口で命じた。

「分かった」

 本当は、下ってろといいたかった。しかし、そんな余裕は無い。言い合いをしている時間が。なら、目のつく場所に置いておく方が安全だ。クソ、この女がもう少しだけでも扱いやすかったら、俺の苦労がどれだけ減ることか。

「どけ! 代われ!」

 目的の梯子の上に向かって命じるが、それよりも早く応戦していた兵士が落とされた。頭上の敵影は三つ、梯子を段飛ばしに駆け上がりながら、飛び降りてきたひとり目を斬り上げ、返して振り下ろす動作で、壁の上を跨ごうとしている二人目の頭を割った。足場が安定していないからか、兜ごと斬ることは出来ず、ひしゃげてつぶれた敵の頭から目玉がこぼれるのが見えた。追撃を――と、思った瞬間、その敵は仰向けに城壁外へと落ちていった。

 間を空けず、俺に突きかかって来た三人目。

 槍の穂先を首を捻ってかわし、剣を横に強く払って壁の内部に吹っ飛ばした。


 梯子を登りきると、目の前は一番の激戦区だった。櫓にあまり近い場所も、投石に阻まれてか敵は少ない。また、味方から遠いという不安感からなのか、あまり北側へも掛かっている梯子は少ないようだった。

 ここを俺が守り抜けば、概ね凌げるだろう。

 壁に多数のアヱギーナ兵が張り付いているからか、敵からの遠距離攻撃は止んでいた。


 壁に掛けられた梯子を、片っ端から叩き壊していく。

 ひとつ、ふたつ……。

 三つ目の梯子には、敵が中段まで進出していたので、その頭頂部を突き下ろして、梯子の根元に居た連中を巻き込ませた。

 ははん、と、軽く笑ってから、四つ目の梯子を打ち壊す。

 ――と、その剣を振り抜いた隙に、間合いの外の梯子を登っていた敵が、俺目掛けて飛び掛ってきた。

 着地を考えない、捨て身の体当たり攻撃だ。

 が、甘い!

 剣を振り上げることはせず――というか、そんな時間が無かったので、左腕でその面を思いっきり殴り飛ばした。敵に勢いがあったので、打ち据えた瞬間、手首が痛んだ。

 敵は首を変な方向に捻った形で落ちていった。


 ふう、と、軽く溜息のような深い息をはき、手近な梯子を落としきったのを確認する。戦況は……そう悪くはなさそうだ。敵の人的被害は少ないようだが、掛かっている梯子は、もう両手で数えられるだけのようだし……。

「敵! 引き潮!」

 ドクシアディスの声が、意外と近くから聞こえ、声の方向に顔を向けると、思ったよりも近くに櫓があった。

 ん? と、疑問に思って足元を見れば、俺の動きで斜めに歪んだ梯子が見えた。

 危なかったな。

 いや、落ちても、この程度の高さくらいなんとも無いが、そういう事態にならないに越したことは無い。

 改めて退いていく敵を見る。

 隊列を維持して退いていく敵を見るに、充分な戦果とは言い切れないところがある。だが、味方の損害も当初思っていたよりも少ないようなので痛みわけ……というところか。

 投石兵は櫓においているし、ドクシアディス達に死傷者は殆んど出ていないだろう。アテーナイヱ兵は、いまのところ、どれだけ生き残ろうともこの戦争が終われば俺の指揮下には無い兵隊だ。目的は充分に達せた……か。

 肩の力を抜く。これで、なんとか明日まで持ち堪えさせられるだろう。


 しかし、気を抜いたその瞬間、予想外の事が起きているのに気付いた。開いた城門を出て、味方の兵士が追撃をしているのを目の端が捕らえている。

「おい! どこの部隊だ! 追撃を止めさせろ! 伝令、行け! 急げ!」

 城壁の下でちょろちょろしている兵士を怒鳴りつけるが、右往左往するばかりで埒が明かない。いや、命令系統も所詮は応急的なものでしかない。不測の事態には機能しなくなる。

 梯子から飛び降り、俺自身が駆け出そうとした瞬間――。

「命令無視です! せ、先遣隊の半数程度が出ています。門を守備していた全ての部隊です。先遣隊の隊長が――」

 慌ててこちらに駆け寄ってきたキルクスが泣きそうな声を上げ、更に追い撃つように櫓の上からの報告が響いた。

「攻撃部隊に軍旗を確認!」

 確信犯か、クソ。

 目付けも出来んのか、と、キルクスを睨みつけるが、縋るような目を返されると怒鳴り返すわけにもいかなくなってしまう。ここで更に萎縮されて更に失敗を重ねられては、状況を覆すのが不可能となるからだ。状況が確定していない今、コイツ程度の指導力でも無いよりはましだ。

 舌打ちも出来ない状況に、下唇を噛む。

 どうする?

 気持ちは急いてしょうがないが、ここで間違うわけにはいかない。ゆっくりと深呼吸し、冷静に考えをまとめにかかる。

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