Elnathー12ー

 扇形の広場と、それを囲むような障害物の設置が八割方済み、見回りも終えようかというその時だった。

「敵襲! 敵襲!」

 正門の櫓の兵士が大声を上げた。

 俄に拠点内の味方が騒がしくなる。鎧を着けずに槍だけ持って兵舎を飛び出してくるやつに、夕飯の準備をしていた輜重班が通りの角から顔を覗かせ、哨戒していた兵士は隊列も気にせずに門の前へと集まり始めている。

 あのバカ司令官が指示を出し、準備が整うのはまだ先だな。

「正面だけか?」

「はい。ええと……東側に最低単位の方陣二つ分程度の軽装歩兵が移動しておりますが……」

 櫓に向かって鋭く訊ねれば、一拍間が空いてから返事が返って来た。

 が、情報が足りない。

「梯子は?」

「あ! あります、梯子に縄を持ってます!」

「そっちが狙いだな。……ッチ」

 側面から広範囲に攻めてくるであろう敵にも対処しなければならないが、正面を任せられる将がいない。キルクスでもドクシアディスでも、経験が圧倒的に足りない。かといって、あのバカ司令官もなにをしでかすか分からないんだよな……。

 予想通りといえば予想通り、午後になって始まった攻撃に歯噛みする。もうひとつ、手が足りない。

「アーベル様……」

 キルクスも事態を弁えてはいるのか、自信は無さそうだが覚悟を決めている顔を俺に向けた。

 ……不安は大きいが、他に手も無いか。

「お前、アレの目付けしてられるか?」

「それしかありませんよね」

 こうなるのは分かってはいたんだろうが、御しきれるかは保証出来ないんだろう。仕方ない、と言った様子の声だった。

 とは言え、東側面から兵に侵入されて正門の守備兵を前後で挟み撃ちにされるわけにもいかない。そして、俺達の兵は数では先遣隊よりも少ないんだ。

「破城鎚は必ず門内に進入させ、こちらが奪え。犠牲は止む無しだ。入ってこない場合は、小隊を繰り出して奪うか誘引するかしろ」

「了解です」

 キルクスが正門に駆けていき、――いつの間にか、指示を出し始めていた司令官の横に加わっった。

「アーベル」

 ちょうどこちらもドクシアディスが、完全武装させた兵隊を引き連れて到着したので、俺も東側へと移動を始めながら指示を出し始めた。

「梯子を持ってこさせろ! 櫓だけじゃ迎撃しきれん。櫓の間の壁に等間隔に梯子を並べ、槍で敵の梯子や投げ縄を斬るんだ! 投石兵は櫓の兵と合流しろ!」

「応」

 ドクシアディスが投石兵の半分を引き連れて南東の櫓へと向かい、残りの半数が北東の櫓へと駆け出した。

 キルクスの子飼いの重装歩兵は盾や足回りの防具を捨てさせた上で、梯子の抑え手四名と、交代で昇って迎撃する六名を合わせ十人一班で東壁に配置した。

 俺は壁の中央に陣取って梯子を駆け上る。

 顔を出すと、敵の軽装歩兵による投槍が始まった。

 梯子に両足を絡め、投げ上げられる槍の軌道を読んで剣で払う。柄を短く持ち、振りの速さを意識し、連投される槍を払っていく。

 薙ぎ払い、三つ呼吸の間を置いて、もう一度薙ぐ。槍だけではなく、投げられるのは石も混じっているようだった。まずは守り手を減らした上で突入する気なんだろう。

 敵の軽装歩兵の手持ちの槍が尽きたのか、一旦下がったのを見て周囲に視線を巡らす。櫓の中は平気そうだったが、梯子の上は酷い有様だった。半分程度が落とされたな。

 壁の内側だけじゃなく、外にも何人か落とされていて――。

「ギャッ!」

 悲鳴に目を向ければ、壁の外に落ちた兵が敵兵に囲まれて殺されている。

「梯子にしっかり足をかけるんだ。受け流しに自信がないヤツは、投擲が激しい時は梯子の中段まで下がれ!」

 号令を出した瞬間、一斉に梯子を下がり壁に身を隠した味方。

 弱兵だ弱兵だとは思っていたが、ここまでとは。

 まあ、このまま的当てをされてたら、本格的に遣り合う前に駒が尽きちまう。

「投石兵、梯子が取り付いたら大声で知らせろ!」

 櫓に向かって声を張り上げる。

 分かったと伝えたいのか、ドクシアディスが両手で大きな丸をつくってみせた。

 しかし、ドクシアディスの合図が、敵の合図にもなってしまったのか、すぐに投擲攻撃の第二派が始まった。

 軽装歩兵相手なので、投石攻撃でも利くとは思うんだが……。いかんせん、味方の数が少ないのか、思ったほど敵の数を減らせていない様子だった。

 ッチ。

 出来れば、梯子が掛かるまでは温存したかったんだが――。

 剣を左手に持って下げ、俺の頭目掛けて飛んできた槍を首を捻ってかわし、その柄の中程を掴んで止める。

「おい! 俺に投槍持ってこい!」

 梯子の下の味方に命じ、すぐさま顔を正面に向けなおし、狙いを定めて槍を放った。ふらふら歩き回られている兵士に、槍を当てるのは難しい。が、投擲態勢に入っているなら別だ。俺目掛けて更に槍を投げようとしている男の腹を、俺の投げた槍が突き抜け、地面に縫い止めた。

 敵の投擲物はまだ尽きていない。

 梯子も、掛けられていない。

 梯子を潰しておかないと、何度も連続して攻められるので、ここで可能な限り減らさないと拙いが……。

 接近戦を誘うため、味方が運んできた投槍を、投石兵や投槍中の軽装歩兵に放り続ける。

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