Elnathー9ー

 どこか浮かれたような先遣隊の兵士が、ポツポツと道に出ていたからか、俺等の仮宿に到着するまでの間、本格的な話は一切出なかった。

 ――が、小屋に入り、周囲の視線が消えた途端、怒鳴られた。

「アーベル!」

 エレオノーレが俺に詰め寄ってくる。

「なんだよ」

 めんどくさいのを全く隠さずに雑な態度で応じると、目を三角にしたエレオノーレが食って掛かってきた。

「あんな喧嘩腰で話してはいけない! 敵を作ってどうするの⁉ 私達は、救援に来たんだよ?」

「だからだろ、無能な指揮官のせいで死ぬはずだった兵士を助けた俺は英雄だ。感謝されて当然だな」

「アーベル!」

 耳をほじりながら茶化して返すと、声が更に大きくなった。キルクスとドクシアディスはどちらかといえば本題前の喜劇とでも考えているのか、生暖かい視線を向けるだけで、エレオノーレをチビと共にどこかの部屋へ押し込んでくれるような気配は無かった。

「じゃあ、アレの言うように打って出たほうが良いってのか?」

「私は、口の利き方だけを問題としているんだ!」

 そうきたか。

「分かった、善処する。で、今は今後の犠牲を減らすための作戦を立てるんだ。静かにしてろ」

 エレオノーレは、非常に不満そうではあったが、キルクスやドクシアディス、それに主だった人間が会話に入り込めずに待っているのに気付くと、どこか恥ずかしそうに下がっていった。

 ったく、コイツは、なんで俺にだけ強気で出るんだか。

「ドクシアディス、櫓に見張りは送ったか?」

 もちろん、とでも言いたいのか、軽く手を挙げてドクシアディスは自信たっぷりの答えた。

「目の良いのを選りすぐってる。が、船に人を残していないのは良いのか?」

 語尾は不安そうだ。コイツは、意外と先を読む能力が低い。キルクスは、大凡は判っている顔をしたが、俺に言わせたいのかニヤニヤしているだけだった。

「良くは無いな」

 と、前置きした上で俺は言葉を続けた。

「船に敵の一群が向かうようなら打って出るが……現状、敵も不用意に兵を分散したく無いはずだ」

「なぜ分かるんだ? 船は貴重だぞ?」

「だからこそ、だ。今から移動しても艦隊決戦には間に合わん。それに、俺らが加わり、かつ、俺の力量も見た以上、船の移動に四百の兵を回すのは迷うはずだ。あと、実際問題として俺等が哨戒網を突破して見せたしな」

 ここまで言っても最終的な理解が足りないのか、まだドクシアディスは訊き返してきた。

「だから?」

 鈍いヤツだな、と、舌打ちしてから俺は更に説明を続けた。

「待ち伏せを心配するだろ。普通なら。罠を疑って然るべきだ」

 最後まで説明させ、ようやく合点が言った顔になったドクシアディス。ふう、と、鼻から溜息を逃がしついでだったので、この場所を選んだ最大の理由――実行する可能性のある作戦――を命じた。

「あ、あと、状況次第だが、ここの壁壊すぞ。準備しとけよ」

 分かっているつもりで命じたんだが、ドクシアディスから返って来たのは素っ頓狂な声だった。

「はぁ⁉」

 なにを驚いてるんだ、と、眉間に皺を寄せて俺は補足する。

「壊さなきゃ、船への最短ルートが開けんだろ。明日の味方の状況次第で、午後には逃げるか留まるか決まるんだからな? 壁壊す用の斧と楔、それにハンマー準備しとけよ」

「壊すったって、お前……あ、いや、その、大将? な」

 露骨にうろたえているドクシアディスに、盛大に溜息を吐いてみせ。

「敵がすると思うことをしてどうする。丈夫な木でしっかりと城壁を作ってあるからこそ、そこを自分の手で壊して出てくるとは思わないはずだ。事実、正面以外にはたいして兵は配置されていないしな」

 まあ、今日の攻防でどうしても守りきれないと判断した場合も、城門付近に火を放ってこの拠点自体を燃やして目くらましとし、ここの壁を破って逃げるつもりではある。が、そこまでは今言っても仕方が無い。

「……その丈夫な壁を壊すのが手間だと言ってるんだが」

 向けられた不満そうな顔に、こちらも同じぐらいの不満そうな顔で返してやった。

「我慢しろ。死傷者が出るよりましだ。それに、上手く味方が勝ってれば、そんな手間は無い」

 アテーナイヱ艦隊が負けてたら? と目で問うたドクシアディスに、キルクスをちらっと見てから肩を竦めて見せた。

 お前等は、コイツを手土産に投降ればいい、と、いうジェスチャーだったんだが、難しい顔をしていて、かつ、先を読む力がイマイチなドクシアディス相手にどこまで伝わったかは疑問だった。いつまでも不安そうにしているなら、なにかのついでの時にでも耳打ちしてやるしかないな。

 苦笑いで俺は、小さく溜息をついた。

 まったく、面倒ばかりだ。反目しあう二つの勢力を、バランスを保ちながら拮抗させ俺の私兵にする作業は。

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