Elnathー8ー
「どうしますか?」
不意にキルクスに訊ねられ、思いの外長考してしまっていたことに気付く。
ふ、と、苦笑いで前髪を掻きあげて見せる俺。
「強行や正攻法は避けよう。圧し負ける」
今のこの数で、ファランクス組んで目の前の平原で当たるのは自殺行為だ。上手く引き入れて囲むしかないな。射程の長い投石兵は多いんだし。
障害物を利用して、安全圏から敵の数を減らして退かせるか。
「門の近くの小屋は壊せるか?」
「はい?」
俺の作戦を全く察していない顔が問い返してきた。仕方ないので、もう少し噛み砕いて説明してやることにする。
「門の付近を広場にして、敵を包囲しよう。門は、敵の前進に合わせて開けちまえ」
「バカな! 籠城戦において敵兵を侵入させてはッ!」
色めきだって反論してくる指揮官。
ったく、唾飛ばすなよ、クソ野郎。中年の口臭は吐き気がする。
「門を破られれば、敵は際限なく侵入する。第一陣を凌いで後続を断ってから門を守備する」
顔を、キルクスの袖を引っ張って拭ってから、露骨に顔を顰めて反論は許さないと強く切り返した。
大体ここも粗末ながらも一応は城なんだから、敵に侵入されて終わりではなく、侵入した少数の敵を包囲殲滅する手段を備えておくのが普通なんだ。いかに敵を分断して小勢とし、潰すか、それが陣地を利用した戦い方のはずなんだ。普通は!
「総出で打って出れば九百の戦力だ。貴官が言うほど貧弱な戦力ではない! 我々をバカにするな! 戦列を維持しさえすれば、敵の侵入は容易ではない!」
色めきだって言い返してくる司令官。
戦い方は知らなくても、ここで言い負かされれば指揮権を完全に失う事だけは理解しているらしい。
処世術、保身術。……くだらねぇ。死ねよクズ。
「戦列が維持出来ないと分かれ! 先遣隊とこちらは連携の訓練を行っていない。まして、違う兵種を混ぜて密集陣を組むなど論外だ!」
「この砦の責任者は本官だ!」
「自分の力量ぐらい正確に把握しろ!」
「なんだと⁉」
口ではなく手で決着をつけようと飛び出しかけたその時、意外なほど冷静な声が割って入ってきた。
「将軍。残念ながら、貴官は与えられた部隊の大半を浪費している。分かりますね?」
諭すように話すキルクス。
タイミングは悪くない。役どころも、打ち合わせこそしていないが、俺とキルクスできちんと飴と鞭を使い分けて切り崩すように動いている。
しかし……。
「勝利こそが我々の絶対目標だ! 必要な犠牲だった! アテーナイヱの議会は分かるはずだ!」
先遣隊の失策の責任を取りたくないのか、司令官は強硬なままだった。
ッチ。話になんねえ。なんだ、この脳筋のバカは? 足し算引き算もできねえのか? 指揮官は腕っ節より、作戦の立案や運用を重視して選ぶべきだろ。
ろくでもないのを任官するものだな、と、キルクスを見るが、自分には責任なんて無いですよ、とでも言いたげな苦笑いで応じられただけだった。
これだから衆愚政治は。
短く溜息を吐き、完全に熱を感じさせない口調で俺は淡々と告げる。
「こちらの作戦立案を呑めないのなら、目的を変え、負傷者の収容だけを行い俺達はここから去る」
「そんなことが出来るとでも」
「なぜ出来ないと思う? 敵と交渉すれば良い。城の守兵は減るんだ。むしろ、負傷者の移動の提案は歓迎されるかもな」
ハン、と、薄く笑って踵を返す。
交渉事は、本来であれば席を立った方が負けだが、この場では――。
「ま、待て」
呼び止める声に、肩越しにもう話すことは無いという冷めた目で振り返ると、司令官はテーブルに拳を叩きつけ、中腰になって唸るように言った。
「そちらの意見を、防衛作戦案として取り入れる」
負け惜しみもここまで来ると逆に天晴れだな。
ま、これで多少は時間が稼げるだろう。敵の一戦を凌げば夜だ。夜になれば、謀が進めやすくなる。
「北西の小屋は空いているのか? こちらの軍はそこを使わせてもらいたい。ああ、隅の櫓の見張りもこちらで手配する」
肩越しに振り返り、司令官ではなくキルクスに向かって話す俺。
キルクスが苦笑いを司令官に向けると、苦々しく頷いたので、鼻で笑って俺は本部を後にした。
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