Elnathー7ー

「ここの兵の残りは?」

 会議の場が整って、開口一番、俺はそう訊ねた。……いや、正確には現地司令官を詰問した。

 司令官は答えず、テーブルの上の敵味方の陣地図に目を落とし、聞こえない振りをしているつもりなのか、口を噤んだまま答えない。

「残存兵力は?」

 さっきよりも強い口調で重ねて問い掛けると、渋々と言った様子で司令官が口を開いた。

「重装歩兵二百、軽装歩兵四百、雑務兵百、だ」

 やっぱり、主力がヤられているのか。

 しかし……負けるまでは仕方ないとしても、なぜそれを隠す? 怒られたくないから黙ってるなんて、ガキの寝小便じゃねえんだぞ?

 ッチ、と、あからさまな舌打ちを響かせ、陣地図に俺も目を落とす。

 判明している敵の陣地は四つで、上陸しなかった広い浜の方を二つの長陣で塞ぎ、正面に本陣、今抜けてきた左にやや他の三つと比べて小規模な陣地があるようだ。

 半分は偶然だったが、一番良いルートを選べていたようだな。

「付近には村が二つあり、敵の拠点にされるのを防ぐために積極的に攻勢に出たのです。それによって……そう、そのわたくしの判断によって、村のひとつを完全制圧し、この拠点は充分な城へと改築できたのです。糧秣は豊富。武器防具も――」

 慌てたように、早口で俺ではなくキルクスに向かって話し始めた司令官。

 突き放せばいいものを、キルクスも曖昧な笑みで頷いているから余計に性質が悪い。

 ……ん? いや、待て、コイツなんて言った?

「制圧した村はひとつと言ったな。二つ目はどうした?」

 聞き捨てならない戦果報告に割って入る俺。

「その……」

 司令官は言葉を逃がし、副官らしき人間に視線を向け、口をモゴモゴさせるだけで言葉を発しない。

 反射的に掴み掛かりそうになる俺を目で制し、キルクスがさっきとは打って変った冷めた目を司令官に向ける。


 短くはない間が開いたが、沈黙に耐え切れなくなったのか、副官の若い男がぼそぼそと小声で話し始めた。

「その……攻撃は、そう、成功してはおりました。そう、一応は……物資の補給基地としての機能は、もう無いと考えても宜しいと思いまして……その……」


 長ったらしい話に耳を傾ける。

 詳しく話さないものの、要は攻撃に失敗したって事らしい。二千人いれば、普通、陣地に四分の一から六分の一程度は残しておくものなので、連れ出した兵は多くても千五百と言ったところか。……小勢とも、貧弱な戦力ともいえない数だ。が、それがごそっと削られているってことは――。

 おそらく、最後の一戦でファランクス同士でぶつかり合って潰されたな、これは。


 基本、ファランクス同士で当たる場合は、技量が変わらない場合は数の優劣や位置取りによって勝敗が決まる。機動力が無いに等しい重装備歩兵のファランクスは、戦端が開かれた時点で結果は分かってしまうものだ。

 しかし、だからこそ劣勢だと判断するのが早ければ、被害を未然に防ぐことも難しくは無い。というか、それが出来る人間が部隊を指揮して然るべきだ。

 ……いや、弱卒のアテーナイヱ兵は、指揮官の判断云々より前に、不利と見たらさっさと敗走したんじゃないだろうか? もしかして、逃げる時間もなかったっていうのか? 村への攻撃に夢中になった隙に、数で勝る敵に包囲されたか退路を断たれたか。

 うん。多分、そんなところだろう。


 ふうん、総合的に判断するに、アヱギーナの方が戦術レベルではリードしているのか。この辺は、より歴史がある国の技術の蓄積によるものだろう。しかし、有利な条件でも攻め切れてない辺りに甘さがあるがな。


 んー、理想を言うなら、アヱギーナにあまり上手いこと勝って欲しくはないんだが……。

 いや、逆にちょうどいいか? 両陣営共に疲弊したなら、その隙に領土をかっぱらうことも出来るかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る