Hoedus Secundusー8ー

 敵が出てこなくなり、更にたっぷりと間を置いてから、俺は階段に足を掛けた。

 挟撃や、階段の裏に隠れている敵からの一撃を警戒しての事だったが――。

 漕ぎ手の乗る船室に突入すると、動いている者はどこにも居なかった。階段付近で殺したからか、漕ぎ手が並んでいたはずの船室はがらんとしていた。

 もっとも、櫂を突き出す部分からしか光が差さないので、薄暗い物陰の死角に潜まれていると厄介だが……。

 暗さに目を慣らしながらゆっくりと進む。

 最初はなにかの荷物かと思った小山から、頭髪が見えた。

 中央に誰かいる。

 俺に背中を向けて蹲っている。ただの漕ぎ手ではなさそうだ。身形がいい。頭には兜ではなく、宝石飾りがついている。こちらのキルクスのような立場のヤツか?

 囮としてこの場に留まっているのはかなり不審だったが、そのままにもしておけないので、警戒しつつ近付いてみる。

 間合いに入った瞬間、居るのはひとりだと思っていたが、抱きかかえるようにして影にもうひとり人がいることに気付いた。

 奇襲か!

 すぐさま一歩踏み出し剣を構える。が、一拍後にその腕を下ろした。


 目の前の二人は、息をしていなかった。

 お互いの心臓をお互いの短剣で貫き合って絶命している。装飾品を身につけていたのは、筋肉の少ない華奢な身体の男だった。もうひとりも、武人とは言い難い。

 それなりの役職持ちとその愛人の参謀ってとこか。

 どっちも男のようだったが、男ばかりが集められる軍隊では同性愛は別段珍しくない。敵に殺されるよりは、愛する人に……とか、ありがちな悲劇に浸ったんだろう。


 興も冷めたので、フン、と、鼻を鳴らして二つの死体に背を向ける。

 ふと、この程度の事で冷めるなんて、エレオノーレに感化されてきたのかもな、なんてバカな考えが浮かんで――俺はそれを噛み潰した。

 バカバカしい。俺は俺だ。なにも変わらない。必要なら、何時でも誰でも殺せるままだ。――見逃した敵が、もしかしたら……判断の甘いエレオノーレを害するかも……しれないんだし。

 最後に心の内に浮かんだらしくない不安を、フン、と、鼻息で笑って見ないふりをし、俺は血の匂いの立ち込める船室を背に、階段へと足をかけた。



 階段を上がりきると、どうやら向こうも終わっていたようで、波に揺られて流されているだけのこちらの船に、味方の船が併走していた。

「おう、済んだぞ」

 味方の甲板に向かってそう声を掛ける。

「て、敵は?」

 おっかなびっくりと言った様子で、側舷に備え付けられた盾の切れ間からキルクスが顔を出した。

 キルクスと視線を合わせ、足元を指差し、その後、船室へと続く階段に視線を向けると、キルクスは俺の視線をゆっくりと追っていき――。

 見る間に顔から血の気の無くなったキルクスは、口を押さえて反対側の船縁へと駆けて行った。

 なんだよ、お前、初陣か? 死体なんぞで動転しあがって。

 吐いたら、食った飯がもったいないだろうに。

「味方ながら恐ろしい男だな、アンタ」

 ひょい、と、こちらの船に乗り移ったドクシアディスが辺りの惨状を見て、眉を顰めて言った。

「頼もしいっつえよ。おい! 適当に半分ほどコッチに漕ぎ手を移してくれ。死体を棄てたらすぐに上陸する」


 いつのまにか、敵の本拠地の島はもう目視でも確認出来る距離にあった。

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