Hoedus Secundusー1ー

「では、軍議を始めよう。キルクス、仕切ってくれ」

 わざとらしくおだててやると、兵達を見せた時に浮かんだ不安そうな表情はどこへやら、満更でもなさそうな顔でキルクスは話し始めた。

「我々は遊撃隊として、独自に行動します。正規軍とは別行動となりますが、その分、こちらの武勇は個々人の戦果としてしっかりと中央に報告を――」

 ラケルデモンの公共市場都市にあった領事館の倍は広そうなキルクスの家――フレアリオイ一族の家という意味ではなく、キルクス個人に与えられた家らしい。もっとも、なぜかイオとかいうチビも居たが――で、テーブルの上に海図を乗せて、打ち合わせが始まった……。

 しかし、キルクスは、どうにも修飾語が多かった。檄を飛ばすなら、相手を選んで欲しい。俺にしろ俺が調達した兵隊にしろ、目的は名誉なんて腹の足しにならないものじゃない。金という圧倒的な現実と戦う力なんだから。

「分かってることはいい。戦況を中心に話せ」

 短く切って言い捨てると、キルクス自身も熱が入っていたと思ったのか、少々気まずそうな顔で海図の一点を指差した。

「艦隊決戦の予定地はここ。周囲に島が無く、潮流の安定した海域です。風もあてにならない場所ですので、数で押すには良いですね。もっとも、東に布陣されていますと、浅瀬で、しかもアヱギーナ領の小島が多く、手古摺てこずるでしょうが」

 アテーナイヱここから真南に下った、アヱギーナ本島の南西の海域か。

 ふ、む……。

 ドクシアディスを横目で見る。無言で肩を竦められた。

「艦隊決戦の側面支援は難しくないか?」

 そもそも、味方が百隻からなる船団で、相手も同程度の数がいると仮定するなら、そこに紛れ込んだ一隻なんて誤差の範囲に近い。

 集結を妨害するとしても、それは敵が分散して進撃している場合にしか行えない。確かに敵の拠点は、アヱギーナ島と南西の島嶼部の二箇所だが、どっちに当たっても多数の敵に袋にされに行くようなものだぞ?

「ええ、そうですね……。でも、他に活躍の場は――」

 戦いは得意ではないのか、キルクスは困りきった顔で言葉を濁している。策もなにも無いらしい。が、戦に参加する名誉は、誰よりも欲しがっている。異常なほどに。

 コイツはコイツでわけありか……。

 ッチ、だからこんなに安易に俺等を迎え入れたのかよ。

「しかし、いずれにしても敵のアクロポリスまで進軍する必要はあるんだろ?」

 敵の本拠地、アヱギーナ島を指で突いて俺は確認するようにキルクスに訊いた。

「まあ、そうですが……」

「アヱギーナ島の状況は?」

「敵の本拠地の島の東端に、先遣隊が上陸し拠点を築いていますが、その後の輸送ルートの分断により、孤立しています」

 残存兵力では互角以上なのかもしれないが、戦略レベルでは後手に回ってるな。

 つか、ガキじゃねえんだから、都合の悪い部分を黙っていようとするんじゃねえよ。このクソ政治屋が。

「罠?」

 エレオノーレがキルクスに向かって、ではなく、俺に訊いてきた。視線をキルクスに向けると、キルクスは大きく頷いて言った。

「おそらくは……。緒戦は、海上警戒網を突破し一気に決戦を! という機運でしたので」

 まあ、戦費だってバカにならないしな。早期決着が出来るに越したことは無いか。

「何人だ?」

「二千。ですが、どれだけ生き残っているかは……」

 さっきの討論の場で聞いた、正規軍の動員可能戦力が八千であることを考えると、戦力の二割を最初に投入した計算だ。

 しかし、それだけの数をただ送り込んだだけで、撤退も増強もしていないとは……。戦力の逐次投入は、最悪の選択だろうに。ここの連中には、そんな常識も無いのか?

「第二陣を乗せた船が、敵の大部隊に側面を強襲され、大きな被害が出たもので……その、輸送計画の見直しを……」

 俺の疑問を察したのか、キルクスが気まずい顔で付け加えた。

 一度目の成功で油断した相手を、懐に引き込んで殲滅したのか。中々どうしてアヱギーナも悪くないじゃないか。

 ツイ、と、ドクシアディスが俺の脇を肘でつついた。

 俺は無言で微かに首を横に振って、話を進めた。

「その時の航路は?」

「海岸線を西進し、夜間、天測にて一気に南下しました」

 まあ、無難な航路……なんだろうな。

「その航路の敵の現在の警備状況は?」

「詳しい情報は、その……」

「なら、艦隊決戦の隙に、危険海域をすり抜ける海路は?」

「無いことは……」

 歯切れの悪いキルクスに、苛立ちを隠さずに俺は怒鳴りつけた。

「はっきり言え!」

「浅瀬で座礁の危険があります」

「正直に言え、その海路の知見はあるのか?」

 キルクスが困ったような顔で周囲を見ると、キルクスの子飼いの――ええと、たしか、左舷の漕ぎ手のリーダーとして船に乗る男だ――が、キルクスに向かって自信のある顔で頷いた。

「コンリトスとの交易航路でもありますから」

 まあ、船は途中で沈まなそう……と、思っとくしかないな。

 後は、どこで哨戒艦とかち合うか、何隻と当たるか、ってとこか。

「主力同士の海戦は決着にどれぐらい時間が掛かる?」

「短くても、一両日中はかかるでしょう。場合によっては、日没後に仕切りなおしで三~四日かかることもあります」

 一日なら陣地が無くとも上手くやり過ごせるかもしれないが、二日は厳しいな。いや、敵の規模次第か。話から推察するに、どうにも東の島嶼部からの戦力の集結に敵は成功している様子だし……。

 引っ掻き回すなら、上陸して奇襲の一撃を与えた後で、残存兵を吸収してすぐに海へと逃げた方が無難か。いや、逆に敵の軍艦に追撃されて囲まれる危険も――。

「先遣隊は、拠点築城は出来ているのか?」

「資材は降ろしているはずですが、詳細は不明です」

 あれも不明、これも不明と来たか。まあ、軍部が情報を秘匿しているってのもあるんだろうが……。

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