Hoedus Primusー5ー
日が傾き、空が完全にオレンジになった頃――。
「こちらにいらっしゃったんですか」
ああ、と、右手を上げてキルクスそれにチビと、キルクスの四人の護衛と再合流した。アゴラから出る人並みを避け、神殿側の銅像に移動していたから、見つけるのに苦労したんだろう。
アゴラには、もう殆んど人は残っていなかった。
「俺等が、変な嫌疑のネタにされても面倒だろう?」
さっきの無様な弁論をからかうように口をへの字にしてにやけて見せれば、キルクスは少し渋い顔になった。
「んで? 俺はお払い箱か?」
「まさか。公式な軍隊への参加を断られはしましたが、自分自身で奴隷兵を中心に軍団を作って『側面支援の形』で僕自身の利益の追求のための戦いを行うのは、都市法で認められておりますよ」
キルクスは、野心家の目で、俺の目を真正面から見返してきた。
アクロポリスで大人しくしてるつもりはなさそうだ。まあ、言い負かされて結果も上げず仕舞いじゃ、今後なめられるからな。
ふと、目の端で奴隷という単語にエレオノーレの顔色が変わったのを捉えたので、軽く肘で脇腹を小突いて黙らせる。ここでは個人所有の奴隷が多い。今現在、俺と対等と認識されているエレオノーレを、奴隷階級としてコイツ等の前にさらすつもりは無かった。
「負け惜しみか?」
「いえ、自由な戦闘を行えるという部分におきましては、一応、狙い通りではありますよ」
と、それこそ本当の負け惜しみのような口調で言うキルクス。
ふ、と、その威勢のよさをあの場でもっと発揮出来ればな、と、皮肉な顔を返してエレオノーレを肩越しに振り返れば、エレオノーレは良く違いを理解していない顔で首を傾げていた。
「他国の軍隊は、国政に参加する自由市民が武装し、軍人が指揮する正規軍と、金の有るのが道楽で無産階級や奴隷を武装させ、略奪目的で組織する義勇軍があるんだよ」
わざとキルクスにも聞こえるように解説する。
「略奪ではなく、敵の漸減のためですよ」
海賊は、一応、正式な職業として認知されている。国益に適うから。
澄まし顔で俺の発言を訂正したキルクスは、英雄になってその後の政治を狙っているんだろう。多分、暗殺や脅迫、対立している味方の情報を敵にリークするといった汚れ仕事を、俺等にさせて、な。
適切に戦力が目減りした味方の正規軍を糾合し、指揮権をかっぱらう作戦なんだろうな。
「じゃあ、金目の物は俺が頂くが構わんな」
「存分に」
「どのぐらいの軍を組織できる」
「最新鋭の三段櫂船を一隻といったところですね」
さっきの報告では国軍の三段櫂船の保有数が百数十と言っていたので、比較すればそれなりに大きな戦力かもしれないが……。
「しかし――」
単艦か、と、続けようとしたらなぜかチビが怒り顔で割って入ってきた。
「なによ⁉ 不満があるっての? 傭兵のくせに!」
反射的にぶん殴ろうとしてしまい、その腕をエレオノーレに取られた。
フン、と、鼻を鳴らして腕を振り解いてから、チビを無視してキルクスに向き直る。キルクスもこちらに配慮したのか、チビを後ろに下がらせ護衛兵に任せた。
こほん、と、キルクスが咳払いするのを待ってから俺は口を開いた。
「奴隷兵には賛成しかねる」
エレオノーレが、嬉しそうに――でも、それよりは驚きの方が強い顔で俺を見た。
目で理由を訊ねているキルクスに、ごく当たり前の現実を教えつつ、俺の最大の目的をさり気ない様子で混ぜて提案した。
「兵隊は数を集めれば良いものでもない。動かない連中と行動を共にしたくない。お前の護衛以外の兵士は俺が調達したいんだが、どうする?」
キルクスは、かなり長い間悩んでいたようだが、それでも答えは出せなかったようだった。
多少は俺の思惑――外国の浮民を集め、キルクス直属の兵士ではなく、俺自身に忠誠を誓う部隊を作ろうとしているところぐらいまで――を、読んでいるだろうな。
まあ、これから実際にしようと思うことは、それよりさらにぶっ飛んでるが。
謀略は、相手が策士ならイカレたぐらい過激でありえないモノにしなけりゃ押し負ける。
「ここでも兵隊を調達できるんですか?」
見知らぬ他国での兵の募集という行動そのものと、俺自身の裏切りの両方を疑う声で、キルクスは訊いてきた。
「狼は悪い獣の考えを良く知る、ってな。そもそも、ラケルデモンの基本は現地調達だ。糧秣もそうだが、雑兵や囮になら適当に狩った人間も脅迫と甘言で使うさ」
俺は軽いノリで誤魔化そうとするが、その程度では騙されてはくれなかった。
再び長考を始めたキルクスに、頭を掻きながら、諦めて腹の内を明かす――。
「色々とお考えのところ悪ぃんだけどよ」
演技をしながら、嘘と本心をわざとまぜこぜにして話す。
「コレのせいで、こっちも抜けるに抜けられなくなってんだろ。だが、俺は手前と共倒れする気は無い。つか、今は手前に危害を加えても利益がねぇよ。加担して銀貨を積ませるのが一番利口だと俺は踏んでんだ。早く決めろ」
実際問題として、キルクスには生きて戦争を終えてもらわなくてはならない。敵対する理由も、戦争が終わるまでは無い。
「人質にして身代金でも狙うでしょ、アンタは」
無理矢理キルクスの背中から割り込んだチビは、言い終えると同時に護衛兵に口を抑えられていた。まったく、学習しないガキだな。
そんな程度の低いチンピラじゃないぞ? 大悪党だからな、俺は。
「正式な役職も無いただの市民にそんな価値あるか。見捨てられて終わりか、悪けりゃ身代金を払うと見せかけて騙し討たれるっつの」
議論の場でのキルクスとキルクスの親父の微妙な距離をつつくつもりで、『正式な役職も無い』と『見捨てられる』の部分に軽いアクセントを入れる。
さて、どう出る?
キルクスは、微かに眉を動かしたが、表情は平静を保っていた。
沈黙の間が空く。
一呼吸、二呼吸……。
「ま、後が無いのはお互い様、ですよね」
俺を信頼したというよりは、背に腹は変えられないというような、どこか諦めた調子で呟いたキルクス。
ただ、その後の切り替えは早く、いつも通りのすぐにはばれない作り笑いで訊いてきた。
「どのぐらい掛かります?」
主語が無かったので、金と時間のどっちを差しているのかがわからなかったが、浮民は行くとこ行けばいくらでもいるんだし、勝手に金の方と解釈して俺は返した。
「まずは信頼を得るために、領事館の一件でお前からせしめた銀貨でなんとかするさ。正式な給金は、貴様と兵隊で直に交渉しろ。俺の報酬は、この戦でお前が調達したっていうその船と、自由に略奪する権利だ」
鼻から溜息を逃がすキルクスからは、俺の推察が正しかったか否かは判明しなかった。
が、特に否定の言葉も掛からなかったので、俺はエレオノーレの腕を引いて兵隊の調達に向かう。
しばらく歩いた後、ふと背中からキルクスの声が追いかけてきた。
「あ! アーベル様が船に乗せられる武装兵は、三十程度だと思ってくださいよ」
意外と少ないな。
船の規模から百前後と思っていたので、真意を量るべく振り返ると、キルクスは、今度は誤魔化しも裏も無い顔でざっくばらんに告げた。
「漕ぎ手を多くしないと、速度が出ません。遅い船はあっという間に沈められます」
成程。
まあ、あとはキルクスの私兵も乗せるって事なんだろう。
三十なら、ギリギリいけるとは思うが……。
いや、質次第か。
ま、嘆いてもしょうがない。もう水は流れ始めてるんだ。流れには、逆らうよりも、乗って加速する方が理にかなっている。
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