Hoedus Primusー4ー

 市民会が始まったのは、それからかなり長い時間が経ってからだった。

 秘密の会議は随分と紛糾したのかね。

 役職持ちは六人と聞いていたが、明らかに警備兵と見られるのを除いても、三十人ほどの男がアゴラの中央の舞台に出てきた。最初から二番目に出てきたキルクスを見ると、浮かない顔をしている。

 表情から察するに、作戦の具申や本隊への合流は阻まれたらしいな。

 ここまで来るには来たが、お役ごめんかね、と、柵に肘を乗せ頬杖ついて成り行きを見物する。まあ、その方が良いと言えば良いが。

 最初に細々した町の治安維持――犯罪者の処罰――についての報告があり、その後、戦況報告――国庫の軍事費の残金や、兵の死傷者数、占領・被占領地域について――があった。

 要約すれば、本隊は温存してあるが、戦線の小競り合いでは押され気味ってとこか。

 その後、武官による今後の討論が始まり、キルクスが富裕市民による義勇軍編成と、本隊への合流を進言したが……。


「ダメだな」

 ぼそりと呟くと、エレオノーレが小首を傾げて俺を見た。なぜ分かるの? と、聞きたそうな目をしていたが、討論が始まるようだったので、し、と、人差し指を唇に立てて静かにさせる。

 エレオノーレが壇上に目を向けるのと、武官からの反論が始まるのは同時だった。

「軍務は貴官の領分でもないし、そもそもがなんの役職も無いではないか。そんな人間が一隊の指揮を願い出るとは。ハッ! これは、反逆行為と受け止められても仕方がありませんぞ?」

 禿げた壮年の筋肉質な男が、大袈裟な身振りで熱弁をふるう。

 一拍間を置いて、キルクスが挙手してから更に反論を始めた。

 しかし――。

「……ここで問題とされるのは、国家の勝利であります。わたくしは、市民としての義務を遂行するため、自力で武装できない――経済力の弱い無産階級の国民に武器と戦う術を提供するのが目的で――」

 キルクスは、身体つきのせいか、あまり声が大きくない。声量そのものがあまりなさそうだ。

 理詰めの金勘定は良いかもしれないが、こうした喧嘩腰の論戦には不向きだな。たいていは内容よりも、声が大きい方が有利だと印象付けられる。こうした、衆愚政治の形態では尚更だろう。

 案の定、市民からの賛同は、殆んど得られていないようだった。


「気付いたか?」

 エレオノーレに問い掛けると、返事を聞くまでも無い顔を返された。

「なにに?」

 ふん、と、鼻で笑ってから俺は続ける。

「ここの政治形態はイマイチだ」

「世襲制よりも私は好感が持てるけれど……」

 エレオノーレは、ここでも物事の表面しか見れていないようだった。議論・討論と口にしてはいても、根回しなり脅迫なり、それなりに汚い手段を使っていることは、壇上の人間の距離感や服装を見れば明らかだろうに。

 それに……。

 派閥を作ってそのトップが仕切るなら、王制と大差ない。

 初期は統治力で代表が選ばれるかもしれないが、すぐに代表になるために不足する実力を誤魔化し、権力を得ることが目的になった無能なやつが台頭するようになる。

 ここでは、既にそれが起き始めている。

 戦時中にも拘らず、だ。

「ただ弁が立つだけのが、国のトップの六人の中に混じってる。全員が同じ方向を向いていない。この戦争を政争にすり替えようとしている者までいる。この戦争を乗り切ったとして、長くはないな」

 壇上で白熱している議論を聞き流し、肩まで上げた右手をひらひらと横に振ってみせる。

 エレオノーレは、黙って俺の話を聞いていた。

 自分なりに理解するために考えているのか、それとも叱られないように考えている振りをしているだけなのかは、表情からは読み取れなかった。

 だから、少し話の切り口を変えてみる。

「そもそも、お前にも向かないだろ、この国は」

「なぜ?」

「結婚後に家でずっと大人しくできるのか?」

 町で若い女をほとんど見かけなかったので近くにいたヤツに理由を聞いてみると、結婚後は女は家の奥から出ないで炊事と育児の道具になるそうだった。買い物の外出も、基本的には奴隷にさせるらしい。つか、そもそもの日常的な労働さえも個人所有の奴隷任せって話だ。市民はただ哲学を議論したり会食したり、美術品を愛でたり、そんなことらしい。

 さぞや刺激の無い暇な人生を送れることだろう。

 エレオノーレをそんな場所においてどうなるかなんて、火を見るよりも明らかじゃないか。

「……出来ない」

 自覚はあるのか、エレオノーレは少しだけ恥ずかしそうにしつつも――多分、ここの女達に同情しているんだろう――、若干の暗い顔で頷いた。

「肩入れし過ぎるな」

 エレオノーレの様子を見てから、諭すようにゆっくりと重く、俺は言った。

 ここは、俺にとってもエレオノーレにとっても過程であって到達点ではない。

「うん、でも……」

「分かってる。戦局をなんとかするために出来そうなことがあればするさ」

「……うん」


 その後の討論でもキルクスは守勢一方で、要約すれば政治担当は大人しくアクロポリスで書類仕事でもしてろ……ってことでまとまってしまった。

 キルクスの親父である現エポニュモスは、椅子に座っているだけで、キルクスを助ける様子は最後まで見せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る