Hoedus Primusー3ー
そのまま、特に急ぎもせずにブラブラと町を歩き、アクロポリスと繋がる街道へと出る。もっとも、街道といっても、ちょっとした雑談をしている内に抜けきってしまう程度の長さだが。
なにをのんびりしてるんだか、と、呆れかけたが、どうやらアテーナイヱ人は、正午を過ぎるまで市民会は開かない風習らしかった。なので、報告を行うにはまだ少なからぬ時間があるらしい。
まったく、戦時中だというのに暢気な国だ。
王の片方が戦場で指揮を行うという即応体制を整えている国の出としては、後方の安全圏から前線に口出しするのは、なんだかとても滑稽に見える。
「良い町でしょう?」
背後を振り返りながら、時折足をもたつかせるエレオノーレに、キルクスが微笑みかけた。
「はい、とても」
素直に頷くエレオノーレ。
言葉を額面通りにしか受け取っていない顔をしているから――。俺は、右手をエレオノーレとキルクスの間に差し入れた。
「コイツは初心なんだ。手をつけるな」
懐柔されても厄介なので、キルクスに釘を刺す俺。
目を瞬かせて俺の掌を見ているエレオノーレ。
敵意がないとアピールするためか、キルクスは軽く腕を上げて両の掌を俺に向け、どこか余裕のある顔で言った。
「気をつけます」
そんな遣り取りの間にたどり着いたアテーナイヱのアクロポリスは、なんというか……。
「わあ」
感嘆の声を上げるエレオノーレではあるが、若干引いているような色も混じっている。
だから俺は、素直に呆れた様子で口を開いた。
「無駄に華美だな」
アカイメネスに征服された南方のナイル流域にあった旧王国のような、派手な色彩の石像が通りのあちこちにあり、巨大なブロンズの女神像が聳え、アゴラの後ろにある女神アテーナーを祭った神殿のレリーフは、必要以上に煌びやかだった。
「ラケルデモンとは国情が違いますから」
自慢するような色を見せつつも、先鋭化し過ぎている自覚がある口調のキルクス。
多分だが、商業国であるこの国では、財力を見せ付けることもステータスのひとつなんだろう。それで寄付合戦になったとかかね。……いや、権力を買い取るって意味合いの延長か?
市民会は、先に神殿での首班会議――確か、キルクスは指導部は六人のアルコンとか言ってたか――を、内々に行い、その後、アゴラで首班が討論を行いつつ市民が口を挟む形態らしい。
「あの、ここから先は……」
と、アゴラの少し前にある公園でキルクスが申し訳なさそうに足を止めて振り返った。
まあ、味方になったとはいえ、他国の人間が市民会に混じっているとなれば、ことが大きくなり過ぎるか。
俺は分かったと手を挙げ、市民権を得ていないガキや、アテーナイヱに居留する富裕外国人に混じって、柵の向こうからアゴラの様子を窺う。
とは言っても、ただの暇な時間なんだが、な。
俺やエレオノーレは、他のここの市民とは違い、明らかに戦士のいでたちだったので人目を引くかとも思ったが、周囲からの注目はそれほどでもなかった。キルクスといたので、アイツの新しい私兵だと思われているらしい。
アゴラの市民の雑談を盗み聞くに、どうもエポニュモスとは政治の最高権力者らしかった。珍しい格好の外国人でも、最高権力者の息子の部下なら問題ないという考えなんだろう。もしくは、下手に手出しして厄介事になるのを避けたいのか、だ。
意外とお偉いさんの系譜だったんだな、アイツ。
もっとも、世襲制じゃないらしいのでどの程度の影響力を持っているのかは未知数だが。
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