Capellaー5ー

「軍需品をこの辺りで揃えるのは無理だぞ?」

 それなりに凝った応接室で立て続けに商人連中と会談していたキルクスが空くのを待ってから、部屋に入るなり俺はそう切り出した。

 流石に言われなくても気付いていたのか、キルクスは力なく笑った。それから俺の後ろに視線を移したが、エレオノーレの姿が無いと分かるとちょっと意外そうな顔をした。

 ちなみに、エレオノーレはあのチビを見つけたので、そこに置いて来た。領事館内だし、一応は安全だろう。それに、コイツとは一対一で話しておきたいことがあったし、その際にあの女は邪魔になる。

「ラケルデモンの浮民もつかまらないだろ?」

 からかうように畳み掛ければ、本当に不思議そうな顔を返された。

「ええ。なぜですか?」

 やはり、陸戦最強国の兵隊が欲しいのか、と、皮肉を口の端に浮べる。

「ラケルデモンでは弱者は死ぬものだ。余程の事が無ければ、国の恥を生きて外へは出さないさ。それに、質実剛健だから出回るものも必需品だけだから他所に流す余裕も無い筈だ」

 キルクスは少し疲れたような顔で、ゆるゆると首を横に振ってから答えた。

「まあ、戦時国に売りに来るのよりは値が良かった物を多少は揃えられましたので、それで善しと思うしかありませんね。それに――」

 試すような目を俺に向けたキルクスが、冷たく笑っている。

「強力な助っ人も得られましたので」

 真っ直ぐに視線をぶつける。キルクスの視線は、どこか柔らかいのが少し気に障った。俺の扱い方を分かってきた。そんなつもりでいるのかもしれない。

 まあ、一晩で意見を翻したんだし、ちょろい相手と思われるのも然もありなんか。

「……一応言っとくが、エレオノーレになにかあった場合、俺はアテーナイヱと敵対するぞ」

「手を下したのがアヱギーナの人間でもですか?」

 もちろん、と、俺は即座に頷いて付け加えた。

「その時は、どっちも殺すだけさ」

 人殺しの笑みを浮かべ、椅子に座ったままのキルクスを見下ろす。

 キルクスは、おそらく参戦した経験も政敵を暗殺した経験も無いんだろう。これまで殺す相手がよくしていたように、キルクスも目の奥で本心が揺れるのが分かった。

「肝に銘じます」

 ふん、と、鼻を鳴らしていつもの気配に戻す。

 ついでとばかりに机の上に並べられていた書類を改めると、かなり丁寧に物資の備蓄から出納までが丁寧な文字で記録されていた。俺も金の取引は雑にしていないつもりだが、ここまで細かく管理出来るかといわれると、出来る出来ない以前にしようと思わないという程の緻密さだ。

「文官だな、お前は」

「ええ、よく言われます。装備は調達出来るんですけど、市民軍として前線に出たとしても、とても役に立たないでしょうね。ただ、その分、兵站の管理には自信がありますよ」

「しかし、妹は妹で政務には不向きだな。少し問題じゃないか?」

 キルクスは、アテーナイヱの役職は世襲制ではありません、と、前置きした上で一抹の野心をまぶせた苦笑いで返してきた。

「手を焼かされてます」

「どうも、女難の相だけはアンタと共通らしいな」

 皮肉を乗せて肩を竦めて見せれば、どこかガードを外したような顔でキルクスは同意してきた。

「神話の女神の通りですよ。扱いやすい女性なんて、この世界にはおりません」

 お互いに軽く笑い合うと、キルクスが表情を引き締めて訊いてきた。

「昼には船を出しますよ。準備は良いですか?」

 俺は軽く右腕を上げて答える。

「足りないものは貴様にたかるさ。それだけの値打ちの腕は、既に見せている」

 踵を返してエレオノーレの元へと向かう俺に、キルクスは苦笑い混じりにお手柔らかに、と、声を投げ掛けて来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る