Hoedus Primusー1ー

 アテーナイヱには、船で移動することになっていた。

 そこまではいい。

 陸路でも海岸線をずっと走って行けないことは無いが、急いで半月かかる道程が海路なら日暮れまでに済むんだから、どちらを選ぶかなんて訊くまでもない愚問だ。

 だが――。

 船縁にもたれ掛かりながら、潮風に濯がれている身としては、二度と船には乗りたくないというのが正直な気分だった。

 二回吐いて胃が空だが、吐きたいと突き上げてくる不快感が収まらない。視界がグラグラする。視点が揺れて定まらない。

「船酔いですね」

 どこか勝ち誇ったような顔をしたキルクスから水を貰って飲むと、吐いた後のあの甘い味が水からしていたので、余計に気分が悪くなった。

 ったく、これから戦わなけりゃならないってのに、なんて失態だ。

「船酔い? ……ああ、これがか。クソ、最悪な気分だ。エレオノーレはどうしてる?」

 キルクスに船の船首部分を指差された。

 見れば、チビと一緒になって無邪気にはしゃいでいるエレオノーレの姿が見えた。今は、青い海も空も忌々しい俺としては、なんだか釈然としない。

「あのバカは、なんで平気なんだ?」

 基本的には俺と同じ条件のはずなのに、船酔いのふの字も出ていないエレオノーレに恨めしげな視線を送る。

「聞けば、エレオノーレさんは畜産の村の出だそうですし、牛や馬に乗る機会があったからでは?」

 ああ、そういえばそうだったか。

 てか、船って牛馬と一緒かよ。

「アナタは、違う村の出身なのですか?」

 一瞬、返事に詰まった。

 皮肉が自然と口の端に浮かぶ。違う村もなにも、身分からなにから、全部が違うっての。

「……兵士だ。船は今回が初めてだ。牛馬も乗ったことは無い」

 本当の事なんて答えられるはずは無い。予定通りの嘘を俺は口にする。

「そうかからずに慣れますよ、アナタなら」

 キルクスは、特に不審に思わなかったようで――多分、周囲に認められなかった恋の果ての逃避行なんかの、安い悲劇を俺とエルに当てはめているんだろう――、乾燥していないミントの葉を何枚か俺に渡して、船首のエルには目もくれずに水夫の方へと向かっていった。


 ふん、と、鼻を鳴らし、キルクスが置いていったハーブではなく、自前のメリッサの香りで頭の重さを誤魔化す。現状、こちらに危害を加えるメリットはキルクスには無いが、用心しておくに越したことはない。


 その後。

 キルクスの言葉通り、日が落ちてアテーナイヱの公共市場都市に入港する頃には、俺の船酔いは収まっていた。

 もっとも、今度は陸が揺れている感覚――これはエレオノーレも同じのようだった――に悩まされたが。

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