Castorー9ー
深く、息をする。
強張っていた肩の力を抜いた。
「どうしても、か?」
「うん、どうしても」
剣をエレオノーレに預け、空いた手で肩の傷口を押さえ、よろけるように三歩下がってしゃがみ込む。
「レオ、手当ては自力で出来るな?」
呼びかけると、どちらかといえば不服そうな顔を向けられたが、レオはすぐさま腕の切断面を細い縄で縛って血止めを始めていた。
ふと、レオは俺が奴隷を連れて行くことを快くは思わないだろうということに気付き、変に手出しする前に釘を刺した。
「諦めろ。この場で一番強いのはこの女だ。強者に従え」
やっぱりなにかする気だったのか、しかめっ面で俺を見たレオは短く溜息を吐き、傷に薬を塗り包帯を巻き始めた。
「お前が国に帰ってする報告はこうだ『アーベル・アギオスは、奴隷の女共々崖から落ちて死んだ。死体は野犬に食い荒らされていたため持ち帰れなかった』とな」
レオは、すぐには答えなかった。
「お前が先に言ったんだぞ? 俺がいつか今の王家の政を正せるとな」
嘆息し、レオのさっきの言質を取り、それが嘘じゃなければ命令に従えと促す。
短くは無い間があったものの、レオは残った左手で右肩を強く抑えながら深々と頷いた。
「……仰せのままに」
ふ――、っと、長く息を吐く。
張り詰めていた糸が切れると、傷が酷く痛んだ。
クソ、まだ左腕だ。まあ、正式には肩だが、全部ひっくるめ、夏が終わっても完治しねえぞ、これ。
「アーベル、手当てを……」
エレオノーレが不安そうに俺に寄添ってくると、レオがピシャリと厳しく言い放った。
「奴隷風情が口を出すな。ラケルデモンの人間が、その程度の傷、自力で手当できぬわけが無かろう!」
これまでの俺とレオの遣り取りから、もっと親しい関係と思っていたのか、エレオノーレが驚いて目を丸くしていた。
「そういうことだ。……小憎たらしいジジイだろ? まったく、助けて損しただけだな」
エレオノーレに軽くウィンクして、自分の怪我の手当てを始める。
「……私が助けたいと思ったのは、その……、どちらかといえばアーベル自身だ」
レオに聞かれたらめんどくさいと思ったのか、エレオノーレが小声で俺に話し掛けてきた。
「あん?」
なんだかよく分からないその言い草に首を傾げて見せれば、なんでもない、とでも言いたいのか、エレオノーレはブンブンと首を横に振った。
「そういえば、今回の作戦は随分と時間を無駄にしたものだったな。中央でなにか起きてるのか?」
痛みを紛らわすために、適当な話題を振ってみる。
それに、今更かもしれないが、今回の指揮官がレオだったと知ってしまうと、どうしても違和感を感じてしまう。コイツが指示を出していたなら、もっと早くに――それも確実に俺達を始末できたはずだ。
レオは手当てに集中している振りをして答えなかった。
コイツ、意外と嘘が下手だな。
「なあ、今、ラケルデモンではなにが起こってるんだ?」
もう一度言葉を変えて俺は訊いてみる。レオの片眉がピクッと動いた。――が、結局は首を横に振り「中央監督官の仕事です。貴方様が口を出す内容では御座いません」と、答えた後は、きつく口を真一文字に結んでしまった。
やれやれ、強情なジジイだ。
「フン……。そうか。なら、それもお前がきちんと責任を取れよ」
「無論」
そうして、手当てを終えた後、俺はエレオノーレと公共市場都市へと向かって歩き始めた。
背後は振り返らない。
でも、門を開く重い音が聞こえなかった以上、レオは俺達が二人で逃げた事実を上手く誤魔化してくれると確信していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます