Castorー7ー
なぜ……と訊かれ、上手く答えられなかった。なんとなくでしか自分の中に答えはない。最初は、ありふれた――そう退屈しのぎの遊びの延長のような気持ちだったはずなのに、自分とは全く別のエレオノーレの思考に触れ、これまで見えていなかったものが見え始めた。
いや、見えていないふりをしていた現実と対峙させられたが正解かもしれないが。
広がった視野で世界を見た時、これまで居た場所へは帰れなくなっていた。
ただ、それを端的に上手く言い表すとなると……。あんまり良い一言じゃないな。
「飽きた」
とはいえ、黙っていてもしょうがないので正直に答えると、完全に予想外だったのか、レオは目を丸くして口をポカンと開けた。
「は⁉」
まあ、そういう顔をされるよな、と、半ば予想していた反応だが若干面白くない気持ちだ。だから、しょげたままのエレオノーレに――少し探りを入れる意味も込みで問い掛けた。
「エレオノーレ、中々刺激的な旅だったよな?」
「え⁉ あ、う、うん」
まさか自分に来るとは思っていなかったのか、完全に傍観者の顔をしていたエレオノーレが向けられた質問に慌ててどもりながら答えた。
ただ、表情が少し硬い。近付きつつあった距離が、急に離れたような……。いや、最初に戻っただけだ。あの雨の日から続く日々が、特殊で狂っていただけだ。
フン、と、鼻で笑って俺は強がる。
「俺は俺だ。規則で縛られ、張り巡らされた誰かの思惑の中で生きていくのに飽きた。これからの道は自分で切り開くさ。それが王権へ向かうものにしろ、地獄へ向かうものにしろ、な」
なんとなく、分かっていた。
いや、この旅で分からされた。
自分は強い。しかし、どうせたいした事は出来ないと。
爺さんを殺されたのが気に食わない、豪華な生活を取り上げられたのが気に入らない、敵対するのが気に入らない、誰某が気に入らない、そんな風にして闘い続けても、憂さ晴らし止まりで、先が無い。
ラケルデモンのアクロポリスに討ち入っても――、万が一首尾よく王と中央監督官達を討ち取っても、そこできっと俺は終わる。
殺した後で上手く逃げ切れたとしても、どこかで見つかって、弱ったところを殺される。
大義名分を掲げたところで、王権はきっと手に入らないだろう。それに、もし転がり込んできたとしても、造りたい国の形なんて俺の中のどこにもない。ジジイのように、国を良く変えたいという意思は、俺にはない。愚直だった父親のように、いち市民として命令に忠実に従って死んでやることも無理だ。
だから……。
この決闘で死ぬなら、まあ、悪くない。
それにエレオノーレはきっと逃げ切れる。今のエレオノーレには、あの山での教訓がある。バカでも学習する。同じ轍を二度も踏まないはずだ。それに、俺にも意地がある。手傷のひとつも負わせないままに討ち取られるほど御人好しでも弱くもない。
少し、自分で自分を笑ってしまった。
もう、なんだか、途中からはそれだけが目的になっていた気がするな。
だから、それが終わった今、いつ死んでもいい気がした。
「エル、無駄にするなよ」
もうとっくに嫌われていて、どうでもいい相手になっているかもしれないが、念のためそう告げる。俺が負けて死んでも、その隙に逃げるように、と。
エレオノーレがどんな表情を返したのかは確認しなかった。
いや、出来なかった。
その言葉が合図になって、レオが戦いの気配を纏ったから。
構えた剣の柄尻に左手を添えると、傷に激痛が走った。力を入れるには、まだ、直りが悪いらしい。ただ、それでも今は我慢するしかなかった。右手一本で勝てる相手じゃない。
今日で、最後になってもいい。
そう心を決め、抑えていた殺気を目の前に向けて放つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます