Castorー6ー
短くない沈黙が流れた後、口を開いたのは俺でもレオでもなかった。
「アーベル。貴方は……」
置いて行かれたままだったエレオノーレが、戸惑いを隠しもせずに俺を見る。綺麗なグリーンの瞳が不安そうに揺れていた。
少しだけ、悩んで――最初は意味が無いから言わないだけだったが、旅の最後では俺自身の意思で隠してきた真実を口にする。
「天空に召し上げられた双子の兄弟神を象徴とするこの国だが、未だに二つの王家が統一されないのは、それとは起源を別とする相容れぬ双子が両家の始祖だったからだ。この国の闘争の定めは、はじまりの時点で決まっていたのさ。国王の責務、内政と外交は、交代制で両家が受け持っている」
エレオノーレは、予感というのか、予想が出来ているのかもしれない。
蒼白なエレオノーレの顔を見ていると、これまで感じたことの無かった弱い感情が胸の中に生まれた。
しかし、事実を偽れない。隠したところで、既に疑われている以上いつかは辿り着かれる。なら、今、俺自身の口から告げるべきだ。
「お前等の国を滅ぼした――というと、少し意味合いが違う気がするが。まあ、メタセニアとの戦争時に、国内を治めていた方の王家の正統な末裔だ」
衝撃的、だったのだと思う。
エレオノーレから表情が消えた。
しかし、まだ全てが終わったわけじゃない。最後の敵は目の前に立ちはだかったままだ。使い古された悲劇の感傷に浸っている場合じゃない。
エレオノーレにこれ以上向ける言葉もなくなったから、レオの方に向き直る俺。
「もっとも、ウチは十年前に爺さんが暗殺されてすぐに主家筋から切り離され、分家になり、親父がどっかの国境の小競り合いで戦死すると、俺は特権を剥がされた上で棄てられたんだがな」
と、王権を簒奪した親戚共に身包みはがされ、散々ぶん殴られ……傷だらけだった俺を少年隊の詰め所の前に無造作に棄てていった男に、当時の怨みつらみを込めて歪に微笑みかけてみた。
しかし、レオはあくまで任務を済ませただけ、とでも言いたいのか、俺の昔語りを全く無視して話題を最初の地点に戻してきた。
「悪いようにはしません。投降し、国にお戻りください。その女さえ殺せば、あとはなんとでもなります」
レオは穏やかな顔で、相変わらず要求出来る全ての事を俺に突きつけてくる。あの幼い日に、独りで生きていけなければその命にはなんの価値も無いと告げ、非情な現実を直視させた時と同じように。
ただ、生憎と俺はもう子供じゃなかった。
「ならねぇよ、現実を見ろ」
冷めた顔でレオの提案を切って捨てると、レオは少し驚いたように目を大きくした。ただ、そんな無防備な顔をし続ける男ではなく、すぐに言葉を続けて取り繕ってきた。
「今の国王の失政は、我々も分かっております。いずれ、貴方がアギオス家の当主としてこの国を――」
「それは無いだろうな」
話すのを遮って、冷静に状況を見立てる。甘言に乗れるほどの可愛げは、この十年で無くしている。
それを望み続けていたのは、ほかならぬ自分自身なのにな。
自分自身の望みを、自ら否定するというのは、なんだか不思議な気分だった。
「ろくでもない人間ほど、処世術は上手いものさ。まして、今の俺には、殺されるのに充分な理由があるんだ。それを見逃すほど甘くはねぇよ」
いや、そもそも、理由が無くても、多分、成人審査の際に俺は殺されるだろうと考えていた。あそこが、一番自然に暗殺できる場だから。だからこそ、どんな罠でも食い破れるだけの力と知恵をつけてきたつもりだったが……。
レオが短く溜息を吐くのが分かった。
「……それを理解しておられたのに、なぜ?」
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