Castorー5ー

 最後の男が、ゆっくりと歩み出て剣を抜いた。決着はまだ先らしい。数的劣勢になったというのに、たいした戦意だな。

「最近は精神論に偏った兵隊が多くて困ります。猪突猛進する猪なら、数がいたところで狩るのは容易いでしょう? 貴方様には」

 この声の主が誰だったのか、最初に呼び止められた時には気付けなかった。記憶にどこか引っかかるものはあったんだが、上手く結びつかなくて――。

「手を出すな」

 右の頬を歪めただけの苦笑いで短く告げると、え? と、戸惑った顔をしたエレオノーレ。

「これは、俺自身の問題だ」

 冷たく、突き放すように言うと、ようやくエレオノーレは俺から距離をとった。ただ、距離が離れた分、視線が張り付くように強く向けられている。

 今度の苦笑いは飲み込んで、真面目な顔を目の前の男に向ける俺。

「レオ、お前だな? 声で分かったよ。随分と出世したじゃないか」

 かつては中央監督官として王家への口出しが出来ていた男に、精鋭とはいえ、いち部隊長への降格を皮肉ってやると、レオは相変わらずクソ真面目に返してきあがった。

「貴方様も、立派になられました」

 ハン、と、鼻で笑う。

 皮肉を返されたんだか、単純に伸びた背丈を言っただけなのかいまいち判断出来ない。コイツは、昔からこうだ。国の要職についていたせいか、本心を見せない対応を完全に心得ている。

「どうするのですか?」

 兜を外し、俺に一礼してからレオが訊いてきた。

 ……声は、昔のままだったのに、短く刈り込んだ頭髪は全て白くなっており、顔には数多くの皺が刻まれていた。いや、それも当然なのだ。俺が知っているコイツは十年前の年齢で止まっているんだから。

 常に命を賭けた戦いの中にあっては、成長と同じくらい老化も早いんだろう。

「さて、どうしようかねえ」

 心中の動揺を捻じ伏せ、眼光の光だけは変わらないものの、それ以外の全てが老いさばらえたレオを見る。コイツが中央監督官だった時代、世話になったことも、まだ覚えていた。俺を今の境遇に落とした敵のひとりとしての記憶と共に。

「当方と闘いますか?」

「ヤらないわけにもいかねえんじゃねえの?」

 からかうように返せば、それがさも当然と言った口振りで訊き返された。

「投降の意思は?」

「ねえよ」

 相変わらず、譲歩の余地を全く見せない口振りだ。頭は全くボケてないらしいな。

 その様子を当時の俺は見たことが無かったものの、恫喝を以って政治に口出ししていた姿が思い浮かぶ。

「貴方様の実力なら、そう悪い事にはならないと思いますが?」

 微かに媚びる――というよりは、純粋に技量を褒める口振りだったが、持ち上げられたことに、ふふ、と、少し笑ってしまった。自分でもどういう意味の笑みかは分からなかったが、それはどこか酷く苦くて酸っぱい笑いだった。

 まるで、過去を自嘲しているかのような。

「この国が本当に実力主義なら、俺の爺さんはなんで暗殺された?」

「それは……」

「もう片方の王が、才覚に乏しかったからだろう?」

 返事を待たずに答えの分かりきった質問を重ねると、口を重く閉ざし押し黙ったレオ。

「両王家の均衡をとるのも監督官達の仕事だそうだが……無能は罪じゃないのか?」

 嘲るように笑って喋り続ける俺。

 初めて苦々しく口を歪めたレオ。

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