Polluxー12ー

 他の連中と違い、青銅で補強された革兜を被った男は、本来は投擲用の槍を右手で構え、三日月盾の背後に身を縮めて隠し、突きかかってきた。

 盾が邪魔になる方向――、左側に軽くステップを刻む。

 勢い任せに突き進むかと思ったその穂先は、しかし、思った以上に軽快に方向転換して再び俺と正対してきた。

 流石は隊長格、奴隷を殺すのとはわけが違う。

 俺はそのまま槍の正面に立ちながら、重心をやや後ろに傾け、挑発するように小刻みに左右に揺れながら下がる。

 殺すためじゃない短く素早い突きが、連続で襲ってきた。

 まだだ。今じゃない、俺だけじゃなく、エレオノーレの動きにも敵は注意を払っている。腕を伸ばし切って突いてこないのがその証拠だ。

 もう少しからかってやる必要があるか、と、一度大きく飛びのいて、思いっ切り舌を出して見せ、剣を横に構え、人差し指と中指で、来いよ、と挑発した。

 兜、それに盾の影で向こうの顔は見えない。

 しかし、僅かに上体が沈んだ――と、感じた時には、さっきまでとは比較にならないほどのリーチの突きが、剣よりもはるか遠い間合いから放たれた。

 左腕を庇いつつ回避に専念し、更に下がる。奪った剣での反撃は行わない。槍を横に払おうとするのを、抑えたり払ったりする程度だ。今の俺は致命傷を与えられないし、それなら――囮になればいいだけだ。注意をそらせれば十分。

 下がり続ける俺が、道の端の段差に足を止める。敵があと少しと判断し、攻めるのに夢中になったその僅かな隙に――。

「セァッ!」

 掛け声を聞いた刹那の交錯。エレオノーレの突きが、俺が対峙していた敵の首に刺さっている。

 褒めるほどではないが、俺が傷を貰う前に一撃で仕留めたんだし、まあまあ及第点といったところか。

 エレオノーレが剣を抜くと、敵部隊長の首から激しく血が噴き出した。頚動脈をやられたんだろう。槍を手放した男は、首筋を強く押さえ――しかし、その指の隙間から血は溢れ出しており、恨みのこもった目を俺に向けながら死んでいった。

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