Polluxー11ー

 その返事を聞いた後、中腰で早足に敵に接近し始めた。姿勢は低く、足音は弱く。声での指示は出さない。敵に聞かれる。二列縦隊で行軍中の一番最後の一隊に背後から襲い掛かるんだから、強襲は次善の策だ。奇襲が望ましい。


 最後尾に立っていた一人が、背後を確認し終えた前方に視線を戻したその隙に、麦畑から飛び出した。

 膝裏を蹴り、腰を落とさせ、前髪を掴んで喉を露にさせ、ナタで掻き切る。残り十四。しかし、噴き出した血と、死体が崩れ落ちる音で他の敵に気付かれた。

 ナタを手放し、今殺したヤツの腰から剣を抜き、正面の敵二人に向かって横に薙ぐ。いつもなら膝下を斬り飛ばしている斬撃は、しかし、今は鈍く、最初に刃が当たったひとりを転ばし、二人目には避けられた。

 転がった敵の喉をエレオノーレが剣で突き、絶命させた。避けて下がったひとりが槍を構える前に、俺が素早く突進して――三日月盾に肩をぶつけ、その裏側に剣を持ったままの右手を差し込み、刃を横滑りさせるようにして腹を割く。残り十二。いや、十一。

 俺がひとり殺している間に、エレオノーレが単独でまごついている敵をひとり始末していた。あの村でのぬるい判断の教訓が、切っ先を鋭くさせているようだった。

 悪くない。

 敵は最後尾だと油断していたのか、槍は盾に備え付けたままだし、剣も抜いていない。時間の差が勝利を決定付けた。

 腸を露出させて倒れ伏している敵兵の投槍を三本全て奪い、正確な狙いはつけず、勘で全てを前方に投擲する。二本は外したが、胸部への命中一。残り十。

 ここに来てようやく、敵兵も迎撃態勢を整え始めた。

 傷んだ左手で盾は保持出来ない。右手の剣一本だけの俺は、初撃を盾で防がれると、その隙に斬られる。だから、目の前の相手の切っ先に集中し――。

 振り被った剣が振り下ろされる瞬間。間合いを見切って一歩短く跳躍するように退き、地に足がついた瞬間に再び強く踏み込み、敵の首を斬り払った。数打物のなまくらの刃が硬い首の骨を噛んで、刃が曲がる。引き抜けない。剣から手を離す。

 無手の俺に次いで掛かって来たのは、左右から二人同時。剣速の鈍い左の男の剣を持つ手に自分の手を重ね、右側の男の邪魔になるように、手首を返して軌道を逸らす。

 俺に手を取られ、重心がぐらついた敵。その股間に膝をめり込ませ、悶絶したところを盾にした。

 右の男以外に、更に後方から気付かれないように接近していた二人分の刃が、同士討ちになって盾にした男を引き裂く。

 味方を殺してしまった心理的負担からか、敵の足が完全に止まり――空気も止まっていた。

「エル!」

 叫ぶと、俺の右にいた男をエレオノーレが殺し――。

 正面の二人は、盾にした男の剣を奪って俺が殺した。


 さて、後残りは――、と、前方に目を凝らすが、前衛は逃げたのか、目の前には他よりも多少立派な装備に身を包んだ、三十代ぐらいの男が呆然と立ち尽くしているだけだった。

 ひとつ大きく息をする。

 高速での流れるような戦闘を終え、左腕はほぼ限界に達していた。大して使った気はしなかったんだが、身体の他の部位の動きに引っ張られて傷が開いたりしたんだろう。傷口がジクジクと痛んだ。

 ただ――、戦場で弱みを見せるわけには行かない。

「大将首だ! 頂くぞ!」

 不適に笑い、切っ先を敵の隊長に向けつつ、エレオノーレに目配せをした。顎を引いて微かに頷くエレオノーレ。

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