Polluxー8ー
大麦よりも早く実る今年採れたばかりの燕麦の実を大袋にひとつ、それに、鉄貨をエレオノーレが払った三倍の量差し出してきたババアに、俺はナタを差し向ける。
「ババア、命はいらないんだな?」
「本当に、この村にはこれだけだよ、アンタ達――ラケルデモンの人間がかっぱらっていくからねぇ」
クワックワッと、バカにするように笑ったババア。エレオノーレは、さっき俺が気絶させた――いや、こいつは殺したと思っているか――女が気になるのか、どこか気が漫ろで当てにならない。
ふう、と、痛い目を見ても甘いままのエレオノーレに、冷たく命じた。
「エレオノーレ、そいつの腕を切り落とせ」
エレオノーレは戸惑っているようだったが、無言で睨みつけ、命令を実行することを強く。
だが、先に動いたのはエレオノーレではなくババアの方だった。俺の目を覗き込み、本気だと察したのか、急に慌てた様子で取り繕っている。
「ほ、ほんとうに……」
「関所やその周辺の町に穀物を送ってるんだろ? ラケルデモンの中央――アクロポリスを目指す役人や外交使も立ち寄る可能性が高い。そんな村に、なぜこの国の鉄貨しかないんだ?」
仕方なく、自分でババアの首にナタの刃をあて、切れない程度に軽く擦りつけた。
ババアの喉が動いたのは一度。エレオノーレの殺気が俺に向けられた時、分かったと言ってババアは動き出した。
床下から取り出された銀貨一袋。ざっと重さを確認するが、都市でも三年程度は生活に苦労しない額だ。
「始めからそうしておけよ。罰だ、お前は死ね」
ナタを振り被った俺と、エレオノーレが抜き身の剣を俺に向けたのは同時だった。
「アル! よして」
フン、と、鼻を鳴らしてナタを収める。
が、このままにもしておけないので、手刀でババアを気絶させた。
お前こそ本当の敵だ、とでも言いたげなエレオノーレの憎しみのこもった目。
俺は特に言い訳もせず、無言のままで家を出た。
だが、村長の家を出たまさにその時、しくじったな、と、思った。
耳を千切ったガキの姿は見えないが、気絶させた女は起きている。俺とエレオノーレがババアの家に入ってすぐに気付かれたんだろう。
ヤる気が無いと悟られたのか、何人かの女は、鍬で武装していた。
「あ……」
間の抜けたエレオノーレの声。
「走るぞ」
と、俺は短く言ってエレオノーレの手を引く。
エレオノーレが引っ張られていたのは一瞬で――。
「うん」
すぐに弾んだ声で返事をして、俺の横に並んだ。
所詮は村に残った戦力外の連中。遠巻きに囲んで追い立てては来たものの、直接殴りかかってきたり鍬や杵を振るって襲って来はしなかった。
そして連中は、村を越えて追ってもこなかった。
自分達で追うよりも、若衆と兵隊を呼ぶべきだと判断したのだろう。数は多いし、俺達を殺せなくは無いんだろうが、無理に攻めるとするならかなりの死傷者を出す。損得勘定。単純な算術の結果だ。
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