Polluxー6ー
納屋の一番太い柱に調理用のナイフを深く突き立て、即席の足場にし、屋根を蹴破って誂えられた舞台の最上段に躍り出る。全ての視線が集まる。戸口に合わせていた顔が一斉に上向き、間抜けにポカンと開けられた口が、どこか可笑しかった。
包囲されてるのが分かってて、誰がドアから出てやるかっての!
一歩遅れて屋根に上がってきたエレオノーレから松明を奪い取り、藁束に火をつけ――ひとつめを敵が一番多い場所に放った。
「うお?」
「な、なんだ!?」
火の粉に怯えて蜘蛛の子を散らすように右往左往する姿は、踊っているようで面白い。次の火種は近くの民家、その次は向かいの家、木の柵、準備していた藁束に火を点け放り続ける。火は、どんどん燃え広がり、村は煙にまかれ始めていた。
反撃はまだ無い。攻める側が攻められている事態に思考がついてきていないのだろう。
怒号と悲鳴は各所に木霊している。
仕上げに村の外へ出る道に最後の藁束をブン投げ、その火を目掛けてエレオノーレを小脇に抱えて飛び降りた。
火の粉が舞い上がる。
着地は短い時間だから、それほど熱くはなかった。足も平気だ。だが、微かに左腕が痛んだ。血は滲まなくなっていたが、まだまだ完治には程遠いらしい。
背後を振り返らず、俺達は本来向かう予定だった関所へ最短の道を全力で走り始める。
村の門は閂が掛かっていたものの、門番はいなかった。得物を抜き払ったエレオノーレに背後を警戒させながら鉄の閂を抜き――。
「後ろは?」
「平気、まだ来ていない」
「上々!」
村を出てすぐ、道から外れて土手に身を隠した俺達。そのまま這って麦畑の中を進む。
敵は――、案の定、俺達が一気に関所へ向けて走っていると思ったのか、横目も振らずに道なりに駆けて行った。
「覚えておけ。逃亡者が真っ直ぐに目的地へ向かって逃げるとは限らない。フェイントの基本だ」
まだどこか落ち込んだ顔をしているエレオノーレにそう告げ、最後の兵士の影が見えなくなってからも短くは無い時間そのまま潜み、静かな夜に虫の声が戻ってきてから俺は身を起こした。
「今度は、俺の遣り方でけりをつける。付いて来い」
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