Polluxー2ー
俺達が訪れると、村は一時パニックになりかけた。
それもそうだろう。真昼間に、大怪我をしているラケルデモン人とこの国の奴隷の代表のようなメタセニア人の女が現れたのだから。
しかし、エレオノーレを先頭にして事情を説明させると……。警戒は緩みはしなかったもののとりあえず話を聞いてもらえる段取りはついた。
俺達ラケルデモンの街には必ずあるアゴラ――小規模な市民会や、スポーツ、神明裁判の決闘などを行う屋根の無い扇形の公共広場――は、奴隷の町には無く、また、充分な広さを持った建物も無かったので、結局村長の家で主だった人間にだけ話をすることになった。
意外な事に、村長は年老いた女だった。髪は全て白く、かなり抜けていて頭髪が薄い。顔中が皺で覆われていて、垂れた額の皮に目が隠れているようにも見える。
一番の年長者だと、エレオノーレが耳打ちしてくれた。かなり普通じゃない構成だと思った。普通は、老獪な男性が村長になるし、それも、ある程度以上に年をとれば退くのが、少なくともラケルデモンの町では常識だ。
村長の家に集まった五人ほどの成人男性の中には肌の色が黄色の者や赤銅色の者も混じっているし、どうもこの村は他民族の奴隷もかなりいるようだな。
ラケルデモンの国内ではあるが、構成する民族の問題で、それとは別にこの村独自のルールがあるようだ。……めんどくせえ。
「あぁうむ、そのー、逃げている同胞がいるとは、あのー、きいちょったんだが……」
基本、奴隷同士ということでエレオノーレが話をしているが、かなり訛りのある言葉を話す村長のババアは、どうも俺の姿が気になり――戸惑っているようだった。
……おかしいな。奴隷が逃げるのなんて、そう珍しいことじゃない。むしろ、俺の方を重視して捜索していると思っていたんだが。話が上手く伝わっていないのか?
しかしそれは、あの夜の戦闘を考えると納得がいかない。積極的に追っ手とヤり合ったのは俺で、しかも、ここに来るまでに予想以上に時間も掛けてしまっているのに。
「この村に迷惑は掛けない、明日の朝には出て行く。が、彼が怪我をしているし、一晩の宿をお願いしたい。あと、水と食料を売って貰えないだろうか?」
エレオノーレの熱意に負けた……というよりは、随分とあっさりと、大きな内輪もめも無く話は進んでいるようだった。通常、余所者――しかもお尋ね者を泊める村なんて無い。
やはり、そういう事なのだろう。
「おぅうむ、そうじゃのー、ほら、ああと、そうじゃな。なんなら、この家の空いている部屋を。う――」
「いや、納屋で構わない」
聞き難い婆さんの言葉を遮って、短く俺は告げた。
そこそこに広い木造の家になんて泊まる気がしない。人が潜める場所が多い上、鎚で簡単に壁を打ち破って襲撃されるし、家を捨てる気ならもっと簡単な手段として火を掛けられるから。
エレオノーレが、俺の意とはおそらく違う理由で頷き、村の通りに面した飼料用の藁や簡単な農具を置いておく石造りのあばら家に一泊する運びになった。
またエレオノーレは、おそらく手持ちの鉄貨の全てを渡して、僅かばかりの焼き締めたパンと燕麦、それに井戸を自由に使わせてもらう謝礼としていた。
本当に先の事を考えるのが下手な女だ。
一応、俺が略奪した鉄貨がまだあるとはいえ、この国を出た後を考えれば全然足りていないだろうに。
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