Polluxー1ー

 目的地は――そう簡単には変えられないが、向かうための道は多少は変更出来る。川沿いに進むのが一番いいが、危険も大きいし読まれやすいので、水を充分に補給してから山とその端を流れる川に背を向け、真っ直ぐに道なき道を進むことにした。

 草の高さが低いので、かなり遠くまで見渡せる。

 見つかる可能性は高いが、こちらが先に敵を見つけられる可能性も高い。警戒さえ怠らなければ、なんとかいけると俺は踏んだ。


 充分に警戒し、睡眠も交代で取る形に変え、歩くこと三日。

 炊煙を確認したのは、手持ちの水と食料に不安を感じ始めた頃の事だった。

「村だ!」

 駆け出そうとするエレオノーレの肩をつかんで止め、腰を屈め慎重に距離を詰める。敵の野営の可能性や、村だったとしても巡察隊がいる可能性を、一拍遅れて察したエレオノーレも俺を真似るようにして中腰で続いた。

 声は出さない。

 事前に意味を決めてはいなかったが、概ね手振りで意思の疎通は出来る。

 近付いて見ると、村……というよりは、町に近いと、思った。

 周囲には俺の膝ぐらいの高さの石塁が張り巡らされており、その上に木の柵を配することで大人の背丈程度の障害物としている。石塁の外には、麦畑がかなり広範囲に渡って続いていた。

 村の規模に対して、麦畑の面積が異様に広いな……。住人は大体二~三百人といった所だろうが、千人以上を養えそうだ。

 しかしここの村境の杭は、奴隷であることを示している。この規模で、あくまで奴隷の村とするなら――、俺たちの目的地の交易都市や関所へと食糧を供給している拠点のひとつだろうな。その生産性で、多少は自治が認められて、だから村の規模が大きくなっているんだろう。

 とすれば、近くには少年隊の教導施設ではなく軍事拠点があるはずだ。さすがにこの村に常備軍を駐屯させてはいないだろうが……。

 ……ふむ。どうしたものか。

 と、今後の方策を練る俺を他所に、無防備にエレオノーレが頭を上げたので殴りつける。

「このバカ、なにをする気だ」

「え? だって、ラケルデモン人のいない普通の村だったから……」

 拗ねたような顔で、理が通らない言い訳をしたエレオノーレ。

「それがどうした?」

「敵じゃないよ?」

「味方の保証もないだろう。俺は武器がないんだ、夜を待て」

 途端にエレオノーレは、驚いた顔をして大声で叫んだ。

「襲う気なのか⁉」

「当たり前だろう。食料を補給しないととても持たないぞ? それに、国外へ行くんだ。先立つものも必要だろう」

 なにを今更、と、呆れた顔で解説してやると、エレオノーレは難しい顔で押し黙った。その重い沈黙はしばらく続き、次に開かれた口からは、概ね予想通りの台詞が出てきた。

「貴方は、怪我をしている」

 噛んで含めるようにゆっくりと言葉を選んで話し始めるエレオノーレ。

 まどろっこしいのは嫌いだ、と、要点を言わせると、エレオノーレはお願いする形を取りながらも微かに恫喝を含んだ目で真っ直ぐに俺を見た。

「私は戦いたくない。暴力を使わずに、ここはなんとか出来ないだろうか?」

「どうやって?」

「村の人達も奴隷として生きている以上、この国を良く思っていない。脱走者の手助けをしてくれるはずだ」

「甘いな。通報されて、僅かばかりの報奨を得る方が奴等には得なはずだ」

 奴隷の逃亡や村の逃散はめずらしくない。が、無事に逃げおおせられる事例は少ない。親戚だから、同族の村だから、と、思考停止して無条件に助けてくれると信じて逃げた人間の成れの果ては想像に易い。

 逃亡支援の罪――懲罰は重いにも関わらず、逃げた相手からの見返りはなにも無いからだ。だから、自分達は奴隷のままなのにどうして手助けしなくちゃいけないんだ? と、考えるらしい。

 まして、今回は縁もゆかりも無い場所だ。

「そうかもしれない。でも、その時は……私が始末する」

 これまでの旅が、少しだけエレオノーレを強くしたのかもしれない。目の光が、本当の戦士のものに近付きつつある。が、それも、俺と比べればまだまだだ。危険に対する感覚は、まだかなり鈍い。

「二言は無いな?」

「もちろんだ」

 念を押す俺に、エレオノーレは自分自身の抱く楽観的な結末を信じている目で、力強く答えた。

 それが、どういう結末になるか、俺はなんとなく分かっていた。

 だが、エレオノーレにいつまでも子供のような甘い考えをさせておくわけにもいかないので、人生の教訓としてあの村を使おうと思ったから、それ以上の否定の言葉は出さなかった。

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