Wasatー13ー
エレオノーレに倣って、俺も例え話を考えてから口を開く。
「困っている人間に、一杯の粥を恵んでやったとしよう。一日ならいい、二日、三日と続けばどう思う? それで、最後には恵んでもらえないことを理由に武器で脅されればどうする?」
「その、ちゃんと働くことを……説得して」
流れが変わったことに気付いたのか、エレオノーレは戸惑いつつも予想通りの事を口にした。
「もし聞き入れられなければ?」
更に質問を重ねると、エレオノーレは口を噤んだ。
短く溜息をついて、俺は話し続ける。
「人間には、元々、楽して良い暮らしがしたいって要求があるんだ。善意だけで物事を論じるなよ」
なんとなく、俺が今話しているのは、自分自身の中に住む矛盾と重なっている気がした。
権力によって、爺さんを殺され、親父も嵌められて死に、アクロポリスから追われ、贅沢な生活を取り上げられた。やり返しにいって、どうなるんだろうな? もし祖父の後釜として返り咲けたとして、いつか俺も追い落とされるのかな?
俺は……。
この国の為政者の全部に勝ったら、もう一度、自分の思い通りの人生が開けるような気がしていたけど、現実は違うのかもしれない。いや、実際にそうだろう。歴史的な縦の正当性を主張したところで誰かがついてくるとは思えなかった。
力で従えれば、いつか、力で跳ね返される。
勝てば挽回できると思い込まないと生きていけなかっただけで、俺自身がその幻想に縛られていた……のかな。
ただ、俺は、他の生き方を探せるようには出来ていなかった。畑を耕して穏やかに生きる? そんな燻ったまま、老人になるまで生きるのなんてゾッとする。
それに、俺の築いた屍の山は、もう随分と高くなっている。今更それを無かったことになんて、出来やしない。
「結局は、生きてる限り誰かは傷つけるものだ。あるのは、目の前の人間なのか、視界に入らないほど遠くの誰かなのかの違いだけだ」
感情的になりかける自分を押さえつけ、務めていつも通りに話を締めくくる。
だけどエレオノーレに、なおも言い返してこようとする気配があったので、強く断言して会話を打ち切った。
「俺とお前は、違う人間だ。同じように生きれて堪るか」
エレオノーレが真剣だったから、俺も真剣に答える。
短くない時間を共に過ごしたせいか、エレオノーレもそれ以上言っても意味が無いと悟ったようで、後はもう無言だった。
道が交差している時間は、どういう結末が待っていようとも、多分、残り少ない。
移動は、明日にはなんとか始められそうだった。
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