Wasatー2ー

 怪我には慣れているが、ここまでの深手を負ったのは初めてだ。指は動くが、動かすと傷が痛む。二〜三日じゃとても治らない。十日か、十五日か、多分それぐらいは注意しないと傷が開くだろうな。引き攣れた感覚がなくなるのは――早くてひと月後といったところか。

 クソ! 面白くない。

 あの連中……次に見つけたら、なんとか分断して、ひとりずつ殺してやる。

 噛み締めた口の奥で、奥歯がミシリと鳴った。

 が、不意にクスリと笑う声を俺の耳が聞き咎めたので、視線を女に向け直す。

 しかし今のコイツは、俺に睨みつけられても怯みはしなかった。戦うことになっても負けない自信があるからだろう、この時だけは。

「これで、貴方も追われる身になったな」

 どこか勝ち誇ったようなその面は、なんだか癪に障る。

「アァ? なにを言ってる?」

「もはや、私と逃げるしかないのではないか? どこまでも……」

 それを望んでいるのか否か、判断に迷うような影が女の笑みに混ざった。殺意じゃないのは分かるが、あまり気分のいい面じゃない。

 だから……。

「神明裁判で、決闘して勝てば無罪だ」

 お前なんぞと添い遂げてたまるか、と、吐き捨てる俺。それに、俺に刃を向けたクソ野郎も放置してたまるか。アイツ等の髑髏を俺の外套に飾ってやる。

 口が減らないとでも言いたいのか、立ち上がり腰に腕を当てた女は、座ったままの俺の方に上体を傾げて、顔を近付け、いつかと同じような疑問を口にした。

「なぜ、私にそこまでする気になったんだ?」

 今度は、なんの作為も無い顔だった。

 女の綺麗な瞳は、本心が透けて見えるくらい真っ直ぐに、俺を見下ろしている。

「賭けで負けた」

「それだけか?」

「同じことを何度も言わすな。他になにかあるのか?」

 どこか優しい顔をして、でも自分からはなにも言わずに待つ女。

 国の制度に――この女とは別の部分ではあるが、嫌気が差していた。自分ひとりの実力で上を目指したかった。俺なら、誰と戦っても負けないと思った。誰よりも強くなりたい、いや、強さを確かめたい? 違う、強いんだから縛られたくなかった? しっくりこない……。俺の祖父が……失脚させられたから? 見返してやりたい……。

 ダメだな、怪我のせいか気が弱くなってる。こういうことを考えるべきじゃない。

 そもそも――。

 国に倦んでいただけなら、コイツじゃなくてもよかったはずだ。それこそ、あの取り巻きの二人でも。だから、きっと、この女にここまでしてやる気になったのは……。

「お前を――」

「私が?」

「美しいと思った」

 望む答えだったのか、グリーンの綺麗な目を細め、儚げに微笑んだ

「今も、な」

 そう付け加えると、堪え切れないといった様子でエレオノーレは笑い出した。

「なんだ?」

「いや、少し……自分のバカさ加減を笑っていたんだ」

「妙な女だ」

「そうかもしれないな」

 同意したエレオノーレは、どこか晴れ晴れとした顔をしていた。

「すまない、その怪我は私のせいだな」

 なにか言い返そうとしたが、上手く言葉にならなかった。エレオノーレが突っ込まなければ、負わずに済んだ傷だ。ただ、もしかしたらエレオノーレが上手く戦った可能性も――いや、それは無いな、あのタイミングから逆算すれば突きが届く前に頭を割られていたのは確実だ。そう思ったから手を出したんだし。

 判断がぬるかった、自分の実力を見誤った結果だ。自分以外に責任を転嫁させる気はない。

 フン、少し前なら、エレオノーレを見殺しにしただろうにな。

「私も、因果な女だよな……」

 その呟きは、どこか俺の気持ちとも重なるものだった。

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