Wasatー1ー
「いき、てる?」
意識を呼び戻したのは、あの女の声だった。変な奴隷の女。
胸の上に密着した体温を感じ――、人の腹の上で抱きついたまま人心地ついているバカの脇腹に、膝を軽く見舞った。
「この程度で死んでたまるか。さっさとどけ」
俺の腹の上から転げ落ちた女は、脇腹をさすりつつ非難の視線を向けてきたが、不意に大きな声を上げた。
「あ!」
俺達の下、ゴワゴワした握り拳大の穂を見つけ、不思議そうな顔でそれをひとつ手に取り、感触を確かめ、俺にというよりは自分自身に向けたような口調で尋ねていた。
「これ、は……?」
「リュコポーンだ。俺達少年隊の寝床の材料になる」
リュコポーンは、羊毛よりも固く弾力のある穂を生やすキク科の植物で、この辺りではよく見られる植物だ。春の終わりから秋に掛けて節操無く穂を伸ばし、水さえあれば際限なく増える。道々で足掛け罠にしたのも同じ草だ。ただ、山地に生えると穂が晩夏からしか生えず、葉も短く固くなる。水が豊富にある場合に限り、こんな風に人の背丈ほどまで育ち、天然の緩衝材になるのだ。
「知っていたのか?」
「ああ、山の終わりに群生地があるが、生えるのに必要な河原は山の反対側にもっと続いていたからな……ッツ!」
言って態勢を立て直そうと無意識に左腕を地面についてしまい、鋭い痛みを最後に、肘から先の力が全て消えた。
千切れたわけじゃない。感覚の限界を超えたんだ。意識を失っていた間にも、血も流し過ぎた。視界が一瞬だけ暗転し、平衡感覚が狂って上体が傾いだ。
「腕が!」
「騒ぐな」
距離感が感じられない悲鳴のような声に、必死で意識をかき集めて毅然と答える。弱った人間は、獲物だ。狩られたくなければ、重症でも態度にそれを表に出さず、この場だけでも取り繕わなくてはいけない。
そもそも、根本的な部分では、この女は敵なんだから。
「怪我の手当てを」
「自分でする。手を出すな」
でも、と、弱気な声が続けられる。
「いいから、見てろ。流石に無痛じゃねえんだ。自分で覚悟決めてから処置する」
どの道、お前には手当ての知識もねぇだろ、と、凄んでみせると、女は戸惑いつつも引いていった。
「あ、ああ……」
出血を抑えるため――血圧を下げる作用のあるフラーレンマントルの根を、腰につけた袋から引っ張り出して齧る。そのまま、声を抑えるのに銜え続け、傷を右手で縫う。魚の骨を研磨した針と絹の糸。細い糸と針じゃないから、大雑把に深い四箇所に針を通し、糸で傷を強く縛る。
痛みは、想像してたほどじゃない。針が肉に刺さる感覚もはっきりしているし、思ったよりは悪くないのかもしれない。最悪、左肘の先を諦める必要があるかと思っていた。
左手で助かったな。右手なら縫うのに苦労しただろう。
銜えていたハーブを吐き出し、止血と消毒の塗り薬をべったりと塗りつけ、布で三重に巻き締めて固定した。
終わったと思った瞬間、熱い息が腹の奥から上がってきた。
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