Propusー11ー

 固く焼き締めたパンを湯で溶いて塩粥を作っていると、これまでとは少し違う顔で女が語り始めた。

 昨日よりも少し近くにいる女の顔を、オレンジの焚き火が照らし出している。

 旅立ったあの日から欠け始めた月は、辺りを照らす力はもう大分弱い。明け方が近いとはいえ、夜空には月よりも星が目立つようになり始めていた。

「処刑部隊?」

 出てきた知らない単語に首を傾げると、女に驚いた顔をされた。

「知らないのか?」

「ああ」

「……本当に?」

 疑うような目を向けられたのが気に障る。なんだかバカにされてるみたいじゃないか。無知は誇れることじゃない。それに、この女に教えを乞うことは、どこか屈辱的に感じてしまう。

 ……なんでだろうな?

「この国は、完全な縦社会なんだ。少年隊に伝えられる情報は少ない」

 努めて感情を表さずに言ったつもりだったが、どこか俺らしくない声になった。

 ただ、女はそれに気付かなかったようで、焚き火を挟んで正面に座ったまま、延ばしていた足を屈め、膝に腕を乗せてから話し始めた。

「赤の外套に、殺した人間の頭骨をひとつだけ飾っている。反乱の兆候ありとみなした村の人間を皆殺しにする部隊だ」

 フン、と、鼻を鳴らし矛盾を指摘してやる。

「皆殺しにされるのに、どうしてそんな話が奴隷連中に伝われるんだ?」

「言葉のあやだ。……ほぼ皆殺し。時々は生き残りもいる」

 まだちょっと余裕がある時の声だ、と、思い――そんな些細なことに気付いてしまう自分に苦笑いした。いつからこの女の感情が分かるようになったんだっけな。

 ああ、でも、声の調子に実感が混じり、言葉が重いことに気付けたんだから、まったく無駄な変化でもなかったのか。

「お前がそうなのか?」

 半分は鎌をかけるつもりで訊いてやると、一拍後に女は頷いた。

「……そうだ」

 女の表情が歪んでいた。

 多分、それがこの女を強くした原点なんだろうな、と、あくまで料理の片手間の思考として推理する。身を入れて聴くつもりは無い。忘れがたい過去なんてものは、生きてれば勝手に増えていく。僅かばかりの不幸をひけらかす連中は嫌いだった。

「最初にいた村は、畜産ではなくて麦を育てていた。ある夜に村に火を掛けられた。バカな私は、月が無い夜だからと星を見に丘の上にいて、その一部始終をただ見ていたんだ」

 そんな日に、外をうろちょろしてよく命があったものだと思う。村を襲う場合、道程で出会った味方以外は殺すのが基本だ。事前に知られたら、逃げられるにしろ抵抗されるにしろ、事態がややこしくなる。

「豊作が続いていたから。穀物に余裕があって――、少しずつ人が増えていた。ただ、それだけだったのに……」

 女は自分自身の膝を抱きかかえ、そこに顔を埋めた。表情が見えない。泣いてるわけじゃなさそうだが、話す声がくぐもっている。

「私は、助けてもらう引き換えに、たった一人でその村の農作物を全て収穫し――献上し、それが全部終わった後、あの村に棄てられた」

 悲劇のヒロインにでもなったつもりなのか、悲痛な声でゆっくりと話した女は、しばし沈黙した後、最後にぽつりと付け加えるように言った。

「収穫も加工も運搬も重労働だった。死んでもおかしくなかった」

 顔を上げて真っ直ぐに俺を見ている。

 ハン、慰めの言葉でも欲しいのか?

 生憎と、俺は弱い人間に同情を示すのは好きじゃない。それに、ボロボロの状態で棄てられた、というなら、俺が少年隊に入る時だってそうだったのだ。自分だけが特別不幸だと思っている人間は大嫌いだった。

「負けて命があるだけありがたいだろ?」

「そうだ。私は――、生き延びるんだ」

 目の強いが暗い光に、ふと、この女を拾ってきた村の事が頭を過ぎった。おそらく、あの村はもう消えているだろう。奴隷を脱走させた罪、少年隊を殺した罪、青年隊を殺した罪、まあ、理由なんて強者がかってに後付するものだが、そうした制裁として皆殺しにされたはずだ。

 全部分かった上で、この女は自分自身のためにそれを選んだ。

 そこまで考えが至ると、ふ、と、自然に口角が緩んだ。そういう強かさは嫌いではない。

 沢で洗ったアルテミシア――どこででも見られるヨモギ族の草、食用になる――を、茎ごと適当に手でちぎり、煮えた粥に香り出しとして入れる。

 ほら、と、椀に粥をよそえば、エレオノーレはさっきまでの深刻そうな顔はどこへやら、随分と砕けた顔になった。

 フン、と、鼻を鳴らして俺は残りの全部を自分の椀によそった。

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