Propusー10ー

 ようやく山道の半分を踏破したかというこの日の夜明け前でさえも、追手の気配はまだ感じなかった。意外なほどあっけなく進む逃走劇にエレオノーレが気を緩めているので、こちらの油断を誘っているのかと最初の頃は思ったが――。


 なにかが、おかしい。


 おそらくこれは、俺達の問題じゃない。最近のこの国のあり方に不審がある。特に大きく制度やなにかが変わり始めているというわけでもないんだが、各拠点への食糧の配給や命令伝達が所々上手く言っていない感じがする。

 そういえば、噂程度の話ではあったが、また中央のアクロポリスがごたごたしているとか聞いたっけ。

 ラケルデモンは軍事国家だ。国王は二人選ばれる。片方が戦場で戦死したとしても、国政に空白が出来ないように。そして、片方の王家に権力が集中しないように、王家と同等の権力を持つ中央監督官があり、その三つの機関が独立して、相互に牽制し合っている。

 だから、その三つの車輪が上手く回っている時は強固な反面、どこかバランスを崩した瞬間に大きな反動がある。

 片方の王家のお家騒動や、中央監督官内部の権力闘争など、騒ぎの種はいくらでもある。事実、十年程前にも片方の王家の正統が傍流に取って代わられているんだしな。

 フン、と、嫌な記憶を鼻で笑う。

 エレオノーレがそれを聞き咎めて不審な目を向けてきたが、首を振ってなんでもないと伝えて思考を続ける。


 今がその時なのか?

 随分とみすぼらしい啓示だが……、デルポイの巫女アポローンの神託を受ける者は、ここまで来てはくれないだろうしな。ないよりましだ。


 汝自身を知れ。

 過剰の中の無。

 誓約と破滅は紙一重。


 全てデルポイの神殿に書かれている言葉だ。予言や啓示を解釈する上で、それを忘れてはならない。俺の目的を鑑みるなら――。

 そうだな、この旅が終わったら、賭けてみようと思う。燻るぐらいなら、焼け死ぬぐらいの人生の方が意味はあるだろう。

 フン、と、もう一度鼻を鳴らしてから俺は火を起こし、食事の準備に取り掛かった。

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