Propusー9ー

 仮眠を終え、軽食を取り、最初と比べれば格段に深くなった藪に挑み始めると、背後で俺よりは気楽に歩む女が、また今日も話し掛けてきた。

「なあ」

 どうやら、考え込むのは、寝て起きたら飽きたらしい。

「なんだ?」

 キク科の植物の鋭い葉を叩き落しながら返事する。この葉は、下手な擦り方をすると皮膚が切れる。夏が近付き始めているからか、草の勢いは一日毎に強くなってきている気がした。

「なにか話さないか?」

 ……一瞬、コイツの舌も叩き落そうかと悩んだ。会話したいなら、せめて話題を探してから喋り始めろ!

「話題が無いのに、無理に喋ってどうする」

 ちょっと先に行け、と、顎をしゃくり、女が前に出たのを確認してから、目の前の伸びた草の茎の何本かを踏んで潰し、繊維状にして、寄り合わせて結び、簡単な足掛けの罠を三つほど作る。

「木の枝を差したり、いつもなにをしてるんだ?」

 この女、剣はそこそこ使えるようだが、戦術面ではまだまだだな。いや、教育を受けていないんだし、結局はこんなもんか。

「追手への嫌がらせだ。本当は、転んだ頭の位置に尖った石も置いておいたら面白いんだがな」

 罠の強度を確認しつつ、手頃な石の一つもない周囲を見やって答える。

 ラケルデモンの言う強さとは、なにも正面からぶつかって正々堂々戦うことだけではない。勇敢さは美徳だが、それだけで勝てるほど戦場は甘くないからだ。

 自分に有利な戦場を作ることや、敵の進軍を邪魔すること、その他様々な勝つための工夫もまた戦いの技術だ。であるならば、罠だろうがなんだろうが、使えるものはなんでも使って然るべきだろう。

「アーベルは、そういうことだけは達者だよな」

 感心しつつも呆れたように言った女の鼻を強めに摘まんで、折れない程度に捻り上げる。

「ふ!? ふぐぅ……」

、じゃなく、そういうこと達者なんだ」

 剣の腕女は身の程を理解したのか、俺の脇腹を軽く左手で叩いてきたので、フン、と、鼻を鳴らして開放する。

 膝を折って蹲る、考えなしの女。

 思ったよりも痛かったらしい。成程、今後、拷問の参考にしよう。

「あ、で、その……話し」

 立ち上がった女は、ちょっと鼻にかかった声で、それでもめげずにそんなことを言い出した。

「だから、なにをどんな理由で喋りたいのか言え」

 叱り飛ばすと、渋々といった調子ではあったが、理由を話し始めた。

「その、私も、アーベルの事を誤解していたと思うことが、多々あるんだ。その、だから、ちゃんと知りたいと言うか」

 しおらしく、どこか女みたいな――いや、は元々女だが、俺はどちらかと言えば性別ではなく、戦士として分類していた――口調だった。

「はァ?」

 これまでとは打って変った調子の台詞に、息が変なとこに入って咳き込みかけた。

「お前、俺をなんだと思ってんだ?」

 驚いて、身体ごと振り返って問い詰めた俺。

 女は、不貞腐れたような顔でそっぽ向いている。

 あ――、と、頭をガシガシ掻きながら、本格的になんだか面倒臭え女になりあがったバカを見据える。

「成程、確かに、俺は一度微妙な賭けで負けたが、実力はお前と比較にならないぐらい上なのは分かってるよな?」

 頷く女に、更に質問を重ねる。

「あの時、約束を反故したらどうなった?」

「ど、どう?」

 どもりながら復唱した女からは、いつまでも答えが返ってこないので、自分で話し始める。

「俺が殺したい気分になってお前を斬れれば話は簡単だったが、興が削がれてた。お前をあの場に放置すれば、ごちゃごちゃした法を適用され、監督官あたりにお前は殺される」

 う、と、言葉を詰まらせた女。

 矢張り考えなしだったか。バカめ。

 は――、と、長く息を吐き肩を竦めから続けた俺。

「戦利品に手を出されるのは良い気分じゃない」

「せ、戦利品⁉」

 驚いたような声に、違うのか? と、小首を傾げて見せると不満そうな顔を返された。

「そもそも奴隷だろ、お前は?」

 根本的な理由を言ってやると、納得はしたのか、一瞬合点がいった顔になり――次の瞬間、目を細く引き絞って低い声で訊き返してきた。

「どうやったら奴隷ではなくなる?」

「力を示せ」

 いつもの空気に戻ったのが分かったから、俺は女に背中を向けて歩き始めながら素っ気無く言った。

「足りないのか?」

「俺と対等になりたいのならな。しかし、二人は殺したんだし、国外で自由になる程度の褒美はあっても良いんじゃないか? ラケルデモンは力の国家だしな」

 背後は、ようやく静かになった。

 が、伝わってくる必死で何事かを考えている気配に、俺は苦笑いを浮べていた。

 

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