Propusー8ー

 そして、夜が完全に明ける前に野営の準備を始めると、今度は……。

「アーベルは訓練はしないのか?」

 寝床は造り終えたので、飯の準備をしていると――どうやら、この女はあまり料理が上手くはないようだ――、手持ち無沙汰にしているエレオノーレが、蛙をさばいている最中の俺に話し掛けてきた。

 切り落とした後ろ足の皮を剥ぎ、食べやすいようにして鍋の中に放り、それからようやく口を皮肉な形に歪めて答える。

「お前と逃げてるせいだろ。その時間が無いのは」

 言外に、女の癖になにをやらせても不器用なエレオノーレを非難しつつ呆れた目を向けると、それもそうだったとでも言いたいのか、恥ずかしそうに顔を下に向けた。

 ――が、やっぱり湯が沸くまでは暇だったのか、辺りをうろうろと徘徊しだし……。

 まるっきりガキのお守りだな、と、ひょこひょこ動く金髪の尻尾を遠くに行き過ぎないように見張る自分自身の今の状況に苦笑いした時、エレオノーレが手頃な太さの木の棒を二本もって藪から出てきた。

 満面の笑みが、なんとなく嗜虐心を誘った。

「棒っきれ振り回して、なにする気だ? ガキじゃあるまいし」

 さっきまでの会話の内容から、エレオノーレが言いそうなことを先回りして封じる。

 図星だったのか、エレオノーレは、恥ずかしさに顔を赤くしながらも、もじもじと小声で喋りだした。

「えっ? でも、真剣じゃ」

 言いかけたエレオノーレの喉笛を目掛け、ヒュンと一瞬で抜き払った剣を当てる。抵抗はなにもされなかった。エレオノーレは身を強張らせただけだった。

 まったく。構えてない時は本当にただのダメ女だな、コイツ。

「……危ない」

 ごくり、と、喉を鳴らした後、エレオノーレが残った台詞を言い放った。

 フン、と、鼻で笑って解説してやる俺。

「木の棒と真剣は違う。斬るためには刃が当たった瞬間に刃を引くように動く必要があるし、そもそも刃の向きも重要だろう? 腰の回転、足の捻り、肩の遠心力、そのどれもを刃筋をたてるために使う必要がある。どれも棒っきれじゃ出来ない事だ」

 エレオノーレから剣を離して鞘に収める。

「訓練したいなら抜け」

 軽く足を開いて少しだけ腰を沈め、膝をやんわりと曲げる。柄に手を沿え、鞘の止め具に手を当てた。

 エレオノーレは突きの技量に対して斬撃はイマイチだ。山歩きでナタの使い方を見てそれがはっきりと分かっている。打ち合い程度なら、先に抜かせても軽くいなせる。

 苦手の克服に付き合ってやるのも一興だ。その技術で俺に迫るかもしれないなら、尚の事。

「嫌だ」

 きっぱりとした口調で、手足をピンと伸ばし、毅然としつつも完全な無抵抗の姿勢をとった女。

「わけの分からない女だ」

 やる気が無いのを相手にしても始まらない。こちらも構えを完全に解き、蛙と近くに生えていた根菜のスープの仕上げに掛かる俺。

 女は、わけの分からない女と言われても言い返してこなかった。

 その代わり――。

「うん。……そうなのかも」

 ほう、と、溜息というか深呼吸のような、どこか不思議な長い息を吐き――女はしみじみと呟いている。

「アーベルと私は、本当に……全然別の法の下で生きてたんだな。国、かぁ」

 それは、刃を向け合う当たり前の理由だろうに、今更なにを言っているんだか。

 自分達とは違う存在を殺すのは、当たり前の生存競争で、その辺の獣でもしていることだ。


 その後、完成した蛙と野草のスープで、削った保存用のパンをふやかしながら夕飯にした。

 飯の味は悪くないはずなのに、なぜか難しい顔をしっぱなしの女。いつも無駄口をたたかれるのに、今日は静かなのでなんだか違和感を感じる。


 本当に面倒臭い女だな、と、嘆息し、俺は食べ終えてすぐに床についた。

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