夜の始まりー13ー

 青年隊の死体の荷物を漁り終え――結局、役立ちそうなモノは無かったが――まさに村を出ようかというその時に、ふと斜め後ろから訊ねられた。

「ん? 靴は?」

「合うのが無かった。別に問題ない」

 この女は、俯いてばっかりいるから、俺の足元にも気付いたんだろう。

 ……それを上手く活かして戦いを挑んでくるかな、コイツは?

 しかし、心の内で舌なめずりした俺に対して、女が掛けた言葉は真逆のものだった。

「怪我をするぞ」

 目を瞬かせる。

 心底、心配しているだけの顔だった。驚く俺を、不思議そうに小首を傾げて見つめている。

 おかしな女だ。協力を約束してはやったが、根本的な部分で俺は敵だろうに。

「ここまでの山道でも平気だった」

 女の反応に呆れたせいで、声の調子が少し狂った。有無を言わせないという強さは出ていない。多分、だから、調子に乗られた。

「……少し待て」

 奴隷の分際で俺に命令しあがる。

 やっぱり殺すか? そんな考えが頭を過ぎるが、さっきまでの辛気臭さはどこへやら、今の女の行動は早かった。

 さっき俺が殺し、そして、必要なものを奪ってきた家へと女が消える。適当にどこかに腰掛けるかと、周囲を見るが、死体を椅子にしては血で服が汚れる。獣を逃がさないようにしている柵にでも腰掛けようかと、歩き出そうとしたとき、布切れのようなものを持って女が再び現れた。

「熊の毛皮か?」

 足を、と、跪いた女に、左足を上げて預ける。履かされたのは、真っ黒な毛で覆われた袋状のなめし革だった。

「……うん、そう」

 左足を下ろし、右足も預ける。

 女自身履き慣れているのか、俺の足の親指と人差し指の間に縫い目が来るように合わせ、踝のあたりで紐で固定した手際は見事だった。

 ちなみに靴を履かされている間に改めて確認すると、女の方は柳のサンダルを履いていた。服は一般的なペプロス――筒状になった一枚布の服で、両肩をきつく結んで閉じている。ただ、丈は、動きやすくするためか、女神の狩装束のように短くしていた。

 女が立ち上がったのを見計らって観察を止め、軽く跳んだり、摺足をしたりしてみる。

 戦う上での不具合はなさそうだ。

「良い出来だ。指だけは出る作りなのも申し分ない」

 踏ん張りが利かないと人は斬れないからな、と、笑いかける。意外と使える女だと認識を新たにしながら。

 しかし、笑う俺に返って来たのは泣きそうな面だった。

「ほん、とうは、貴方が使うものじゃ、なかった、んだ」

「だから? 使うのは俺が殺したヤツの一人だったんだろう?」

「…………」

 また、だんまりだ。

 俺に謝罪の言葉でも述べさせたいのか? この俺に? ふざけんな!

 普段とは別種の苛立ちが募り――、だが、それは沸騰させるほどの熱量を持たない感情で……つむじしか見えない女の頭を見てると、萎んでしまった。

 殺すのが不必要な時、向かってこない相手に闘志を漲らせられる手段を俺は知らなかった。

 少し、俺にしては珍しく悩んで……悩んでいる自分に気付いて少し驚いた。だから、思ったことをそのまま言ってやった。

「貴様が逃げるために俺が必要だった。これは、死人にはもう必要ないものだった。有効活用すべきだった。違うか?」

「違わない!」

 活力の戻った顔を、フン、と、鼻で笑う。

「なら、とっとと付いて来い」

 そう命令して歩き始めると、納得していない空気はあったものの、女は素直についてきた。

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