Propusー1ー
必死で、なにかを探すような顔だと思った。
少し後ろを歩く女は、足元も疎かに、何度も振り返って村の端から端まで視線を彷徨わせている。
――と、目の前に木の根が張り出していたので、俺はなにも言わずに避けた。
案の定、女は足を引っ掛けて転んだ。
俺は、顔を上げ縋るような目を向ける女を、一瞥しただけで進み続ける。歯軋りの音が背後からした。
小走りで追ってくる足音は、二呼吸ほどの時間で横に並んだ。
村境の杭は、目の前にある。
目の前の三又の道の中から、緩い坂道を選んで進む。
「山越えか?」
頷いて少し説明してやる。この辺りに住んでるなら、地理で俺が習った以上の情報を持っているかもしれない。
「ああ。だが、少し違う。この山の反対側は崖でとても下りられない。目立つ山の尾根を避けて、山の端まで森を抜ける」
そして、山を抜ければ、そのまま同じ距離を歩き続けるだけでラケルデモンの領域外、海の公共市場都市へと出られる。長く見積もっても十日ってところの道程だ。さして長い旅にはならない。
「任せるよ」
人目に最もつかない道程だと理解したのか、女がどこか優しい顔で呟いた。
フン、と、鼻を鳴らして応える俺。
山際へは秋の遠征訓練で何度か行ったことがあり、その時の――主に略奪と殺しが中心だったが、それ以外にも細々と野戦調理実習などを行った記憶を辿って、話し続ける。
「抜けた後は――、ああ、あの辺りは、貴様らとは別の農奴の居住区だな。街道沿いを避けつつ、平原を進める。水もなんとかなるだろう」
付近のラケルデモンの訓練施設や村の位置から考えると、山さえ抜ければ危険は格段に減りそうだ。最後の関所も、たかが立ちんぼの番兵相手だ。上手く誤魔化せるだろう。
本当か? と、心配そうな顔で女は首を傾げた。そんな簡単にいくなら、だれでも抜け出せてしまうだろう? と、暗に滲ませた辛気臭い面だ。
鼻で笑った俺は陽気に答える。
「問題があれば、すべて排除すれば良いだけだろ? さっきのを見て分かる通り、俺は強い。必要ならいくらでも殺せる」
追手は殺す、疑う人間も殺す、非協力的なヤツも。足りないものが出てくれば、それを持っているヤツを殺して奪えば良い。
お前とは経験が違う、と、剣をかざして誇れば、しょげた顔でバカな事を言われた。
「殺さないで欲しい」
「あ?」
俺の機嫌を逆撫でないように懇願したのは、評価する。だけど、この女も分かっていないようだ。どうにも、世の人間はバカばっかりで鈍臭くて嫌になる。
「私は、最大限邪魔にならないようにするし、出来ることをする。いや、します。だから、不要な戦いは避けてはくれないか?」
「不要な戦い?」
その意外すぎる言葉に、吹き出してしまい……俺はしばらく笑った。
困惑したような目が俺を見ている。
顔ほどには笑っていない目で、その揺れる瞳を見つめ返す。女がたじろぐのが手に取るように分かった。
「お前、さあ。たかが奴隷のくせに自由になりたいんだろ? 戦う理由を作ったのはお前自身じゃないのか?」
嘲るように畳み掛ける俺。
女は、ようやく生きの良い目で睨み返してきた。
「なにも……! なにもしなくても、貴方達は私達を殺すだろう!」
「ラケルデモンは、奴隷階級への宣戦布告を毎年更新している。特に、メタセニア人に対しては入念にな」
「詭弁だ。大した抵抗が出来ないように管理しているくせに!」
生意気な面は嫌いじゃない。コイツはまだ伸びそうだしな。場合によっては再び敵になるかもしれない。
だから、最後にフンと鼻を鳴らし、口角を緩め、会話を打ち切る。
「いずれにしても、秩序を壊そうとすることは、戦いだろう? 要も不要ももうないだろ、お前にとって」
女は、強く唇をかみ締めていた。
村を棄てた以上、味方がもうどこにもいないことを分かりきっている顔だった。
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