夜の始まりー12ー

 無言で少し遠めの間合いで向き合う。

 二歩踏み込まなければ斬り掛かれない間合い。

 俺の出方を窺うつもりなんだろう、一歩踏み出せば一歩下がられる。相手は、不用意に距離を詰めるつもりはなさそうだった。


 丁度いい距離だった。試すには丁度いい。

 さっきこの女がしたのを真似るように、刃は空を向くように地面と垂直に握り、だけど、左手は柄に添えずに手の甲で峰を支える。膝、肘、腰を深く曲げ、極端に身を縮める。

 完全に間合いの外なので、はったりか牽制だと思ったんだろう。二歩の間合いを維持し、俺が足を止めているので、敵の動きも止まっている。

 その一瞬の隙。

 縮めた身体を、一気に解き放つ。切っ先の一点を全ての力で撃ち出す。二歩の間合いが、地面すれすれを這って伸ばされた軸足で縮む。左足は、邪魔をしないように、倒れないように、曲げたまま軽く踏み身体を支える。

 剣、腕、背骨、右足そこまでが一直線上に乗る。

 圧倒的な間合いから心臓を突き上げた。

 上目遣いに見上げれば、なにが起こっているのか分かっていないバカ面があった。

「ハハハハァ!」

 高笑いしながら、手首を返し、傷を広げ、そして抜く。

 噴き出した血に押されるようにして仰向けに倒れた青年隊のリーダー格だった男は、もうその他大勢の連中と同じ、ただの死体に成り下がっていた。


「どうだ?」

 背後の暗闇に呼びかけると、女がゆっくりと出てきた。

「…………」

 この女自身が編み出した技を真似てやり、その感想を訊いてやってるというのに黙ったままだ。今は完全に怯えているその顔が、なんだか気に入らない。視線が俺ではなく、青年隊の五人の間をうろうろしているのも気に入らない。

「お前の技の応用だが……。ふむ、悪くない技術だ。良い才能を持っている」

 押してダメならということで褒めてやると、なぜか驚いた顔で俺を正面から見た女。

 しかし、それでもなにも言ってはこなかった。

「なんだ?」

 訊いてみても、いや、別に、とか小声で呟くだけで要領を得ない。わけの分からない女だ。この俺に褒められたんだから、素直に喜べば良いものを。

 剣に付いた血を、適当に、その辺の死体の服の綺麗な部分で拭って鞘に戻す。他には、もうなにも出てこなそうだった。

 村は、これだけの事があってもひっそりと静まり返ったまま。

 いや、むしろ、これだけの事があったから嵐が過ぎるのを待つように息を殺して伏せているのか?


「行くぞ」

 女に声を掛けて先に歩き出せば、今になって不安そうな声で問い掛けられた。

「……いいのか? 同族を――」

 口振りや態度から察するに、俺が今殺したのは日頃ここを襲っていた青年隊だろうに。ソイツ等が死んで嬉しくないのか、コイツは?

 振り返ってみる。けれど、女は俺と視線を合わせようとしなかった。

「弱いのが悪い。それがこの国の法律だ。他になにか理由が要るとでも言うのか?」

 面倒だったが、折角の旅立ちで辛気臭い面をされるのも縁起が悪いので、噛んで含めるように答えてやる。

 それに死体の状況から考えれば、戦利品を漁っている少年隊が青年隊に絡まれ抵抗した、という正当防衛の主張も可能だし、戦傷の手当てという言い訳をすればこの女を連れて行く理由にも出来る。

 筋の通った説明が可能だし、正当性も担保出来ているんだから、懸念等ありはしない。

「……そうだな」

 しかし、結局、女の顔は晴れなかった。

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