夜の始まりー10ー

 女が見えなくなってから家に入る。中流程度の奴隷だったのか、室内は広く、それなりの物があった。村長ではないが、なんらかの役職をもった連中だろう。

 まあ、そもそも、肉が食えるんだから下流ではないな。

 壁には三つのオイルランプが灯っている。とはいえ、宝飾品とかね以外の調度品は邪魔になるから今日は手を出せないが。

 旅に必要な保存食と水袋に……、ん?

 ああ、さっき焙られてた子羊の胃があった。中には脂身と血と塩、そしてハーブがみっちりと詰まっている。保存用のソーセージだ。

 他には、豆と、それと、少なからぬ量の固く焼き締めたパンがある。

 もしかしなくても、この家の誰かが旅に出る予定だったのかもな。

 ま、だとすれば、運がいいってことだ。俺かあの女のどちらかの運が。

 ともかくも、保存食は十分だ。

 上着代わりに包帯を腹から肩まで巻き、鳩尾の部分には椅子を蹴り壊して作った木の板を腹当代わりに巻き込む。


 身支度を終えて家を出れば、女は既に待っていた。火の消えた焚火に何の面白みがあるのか、一点をじっと見ながら。

 ハン、と、鼻で笑ってバカにしようとしたら、俺が村を襲撃したのと同じ道を辿ってくる別の気配に気付いた。身を隠せ、とは言うだけ無駄か。村境の杭からここまでは見通しが利くんだ、とっくにばれてる。

 予想通り、気配の主達は、俺達の正面からゆっくりと近付いてきた。


「おやおや、これはこれは、どこの少年隊だぁ?」

 俺の目の前に立ったリーダー格の短い髪をオールバックにした男が、嘲るように言った。俺よりも一回りほど体格が良い男だ。

 性質が悪い。

 鉢合わせたのは、袖の無い木綿の上着を着込み俺と同じ黒の外套を纏った青年隊の連中だった。少年隊ならいなして放置も出来るが、この国は完全な縦社会なので、少年隊相手に青年隊は絶対に引かない。下に舐められたら終わりだからだ。

 敵は五人だった。

「おやぁ? しかも、奴隷と逢引と来たもんだ」

 リーダーとは別の取り巻きのひとりが、俺の背中に隠れたさっきの女を見て、いやらしい顔で笑う。嘲笑が漣のように広がった。

 しかし、そんな程度の低い嫌がらせはすぐに終わった。近くに転がっている死体の中に、少年隊の格好をしたモノが二つも転がっているのに気付かれたから。

「……おい! この二人はどうした?」

 リーダーの男の声の調子が、さっきまでのふざけた調子から変わった。殺気は真っ直ぐに俺に向けられている。

 邪魔だからどいてろ、と、背後にいる女に軽く背中をぶつけて合図する。

 摺足でゆっくりとした歩調だったが、女の体温が遠ざかるのが分かった。

「殺ったのは俺じゃない。隙が多いから、狩るつもりが、狩られただけさ」

 周囲の全員の間合いを測り、俺にとって最適とは言えないまでも最良な距離感になった所で口を開く。

 途端、さっきよりも大きな嘲笑が響いた。

「頼りねえトモダチだねぇ。それで、後ろの家畜はなにかなぁ?」

「ああ、これは――」

 まずは、適当な嘘で誤魔化してみるかと思い、説明を始めようとした俺。

 しかし、言葉は全く続けられなかった。俺の返事を聞く気もないのか、すぐに言葉が被せられたから。

「ビビッて命乞いしたのかよ。ダッセェ!」

「お兄さんが助けてあげますからね〜? ガキはオイタせずに、寝床へとっとと帰りなよ」

「少年隊なんだから、次の選別で間引かれまちゅよ〜。ハハハハハァ!」

 ふう、と、溜息を吐く。

 バカは嫌いだ。数を頼んで調子に乗るヤツも。弱いならそれ相応に――虫けらみたいに這いつくばって、媚び諂ってればいいものを。そうしたら、見逃してやったのに。

 ……ああ、そうだな。多分、俺は、もっと前から倦んでいた。この国の――、俺の上に居る全部の連中に! この俺に命令をするな! 俺は強いんだ! 強い者が法と言うのなら、俺の邪魔をする連中、機嫌を損ねる連中、全部死ね!

「そうだな……。ジジイ共に尻を叩かれるのは勘弁だ」

 肩を竦め、薄ら笑いを浮べる。

 俺が服従するとでも思ったのか、青年隊の緊張が緩んだ。バカめ!

「だから、オイタは――」

 だらりと下ろした腕はそのままに、手だけに力を入れ柄を強く握る。次の瞬間、左肩を引き、背中の筋肉を全て使い、上半身を捻って踏み込みを全く行わずに突きを繰り出した。

 正面のチビの腹を突く。ズと皮を突き破る硬めの感触の後、抵抗の少ない柔らかな手応えがあり、妙な弾力――内臓を貫通した――後で自然と止まった刃先。さっき引いた左肩の反動を利用し、今度は力の動きを真逆にして右肩を引き、流れるように回転の動きで剣を横に薙ぎ、二人目の胴を両断した。

「隠さないとなぁ? 目撃者を全部殺して」

 両断された腹から内臓を撒き散らして痙攣している男の顔を踏みつけ、挑発する。

 始まった戦いに、満ち溢れた殺意に、空間の持つ熱が爆発的に膨れ上がった。

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