夜の始まりー9ー

 荷造りして来いと女を追いたて、俺は近くの家の玄関先にあった死体を蹴って除けた。

「……うん? なにをしている?」

 村の暗がりの方へと歩き出し掛けた女が、肩越しに振り返って問いかけてきた。

 多分、物音に反応しただけで、俺がなにをしたのかは見てなかったんだろうな。面倒臭い生き物だ。

「俺等は、私物というモノが無い。コイツ等――」

 剣で最初に俺が殺した一家を指し。

「の家から、旅に必要なものを頂くんだよ」

 なにを今更といった調子で教えてやると、瞬間的に女の気配が変わって、俺に正面から向き合った。

 ああ、そうだ、この恨みのこもった目が、真っ直ぐに見据えるこの目を、……美しいと思ったんだ。

「――ッ!」

 奥歯をきつくかみ締めた女。表情にはっきりと怒気が出ている。しかし、女は剣は抜いていない。だから、俺も抜かない。ただ、抜けばその瞬間に殺す。武器を手に取るとはそういうことだ。武力で言うことをきかせるなら、口約束などなんの意味も無い。

 しかし……。

 抜くなら抜けと思うのだが、女は物凄い顔で葛藤していた。

 こうして睨み合っているのも悪くは無いが、展開が動かないのはつまらない。時間も無駄になる。

 ッチ。しかたねぇなぁ。

「死人に物が要るのか? コイツ等に、他に家族はいるのか?」

 妥協しやすいように、逃げ道というか助け舟というか、まあ、ありのままの事実を分からせてやる。

「いない!」

「ここの国是は、盗られるのが悪い、殺られるのが悪い、弱けりゃなにをされても文句を言うな、だ。勝ち取ったものをどうしようが俺の自由だ。違うか?」

 どうしようもない死人を生き返らせる術は無いことを理解し、ようやく落ち着いたのか、女は暗い顔で呟いた。

「……間違ってる」

 怒気は消えている。熱くなった心が冷めたのか、諦念に似たような面だった。

「甘いな。二人殺してそんなクソ野郎の仲間入りしてるのに」

 女は、言い返してこなかった。

 多分、自覚があるせいだ。殺すのを、奪うのを悪というなら、この女は既に悪人の側にいる。正当防衛? そんなのは言い訳だ。殺した感覚は、身の全てに滲み込む。皮の抵抗も、肉を裂く感触も、骨を絶つ手応えも。そして、当人に分からせてしまうものだ。

 他人を殺すな他人の物を奪うなと聖人君子が説くのは、ヒトという種には同じ種を殺し奪おうとする要求が、本能に備わっているからだ。他人の不幸よりも、手前の欲望が大事なのだ。

 とはいえ……。

「まあ、それが気に入らないならそれでいい」

 肩を竦めて見せると、女は呆然とした顔をした。

「だから逃げるんだろ?」

 そう言ってやれば、目に光が戻った。

 俺は、戦わない人間に用はない。戦士ではなくて家畜だからだ。ただ、技量には感服したので褒美を出してやる。そんな気まぐれ。

「国境にある公共市場都市まで行って、それから貴様に合う国でも探せばいいさ」

 女の背中が視界から消えるまで、家探しは待ってやった。そんな台詞を闇に向かって語りかけながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る