夜の始まりー8ー

「さて――、ヤるかい?」

 今度は無造作にだらりと右腕を下げ、構えるともなく刃先に意識を集中する。刺突の速度も間合いももう見切った。かわすのも、受け流すのも容易い。

 だから先手を女に取らせた上で、刺突が間合いに入った瞬間、細身の剣ごと首を斬り上げてやるつもりだった。

 だがしかし、女は構えず、刃ではなく言葉を差し向けてきた。

「……二人、倒した」

 ゆっくりと、確認するように言った女。

「だから?」

 眉間に皺を寄せながら顎でしゃくって続きを促すと、勝ったくせになぜか沈痛な顔をした女は、最初に俺が殺した四人を見て、それからクルトが殺した子供、最後にクルトとエーリヒを見て――。

 肩を落として首を横に振った。

「勝ったら、逃げるのを手助けすると約束した」

「あン?」

 話の展開が見えず、少なからず苛立ったから、次にもったいぶったことを言えば殺すつもりで睨みつける。

 顔をこちらに向けなかった女にそれが伝わったかは不明だが、次に発せられた言葉は、状況を判断するのに充分なものではあった。

「全員に勝ったら、手引きする人間は居ないだろう」

 泣き笑いのような顔だった。

 眉間による皺は放置したが、顔から表情を可能な限り消して女をじっくりと見る。怯えてはいないようだが……。

「敵わないと思ったのか?」

 訊けば、無言で頷かれた。

 実力差を悟った、いや、最初から分かっていたのか? 場数が違うって。……あの四人を斬り殺したのを見ていたのか? なら、俺の間合いも剣速も大凡の把握は出来ただろう。

 ふと、子供が引きずり出されなければこの女はどうしたのだろう? という疑問が湧いて――すぐに消えた。

 敵になれないなら用は無い。気に掛けてやる必要も無い。俺を高みに押し上げられないなら、この女も最初に俺が殺した四匹の奴隷と同じだ。の相手ではない。必要な時に殺すだけのだ。

「成程。まあ、勝ったら、とは言わなかったしな――」

 フン、と、鼻で笑ってから考えてみる。


 戻ってこの二匹の死亡報告だけをすんのもつまらねえしな。つか、そしたらこの女は、民会の場で嬲り殺しにされるだけだ。それも面白くない。折角見つけたのに。戦利品は獲ったヤツの物だろう? 適当な法を盾に横取りされるのも癪だ。

 悩んだ時間は短かった。

 そもそも、俺も日常には飽き飽きしてたんだから。半年後の冬の初めの選抜もその後の青年隊での仕事も、どうせクソみたいなもんだ。成人審査はまだ時間が掛かるし、戦争が起こるって話も聞いて無い。

 なら、少し冒険してみるのも一興か。


「いいだろう。荷物をまとめて来い」

 最低限反応出来るだけの警戒はしつつも、構えを解いて告げると、女は呆気にとられた顔になった。が、次の瞬間、黙ったままでいて反故にされたら適わないと思ったのか、早口で訊き返して来た。

「本当か?」

「疑うなら止めればいいだろう? やっぱり殺し合うか?」

 元々がなんの作意もなかったので、それを隠さずにぶっきらぼうに俺は言ってやった。

 う、と、短く息を詰まらせた女は、多少気まずそうにしながらも再び口を開き――。

「い、いや、……行く。この村の皆は――」

「貴様だけだ」

 話を遮り、女の右目に突き刺さる寸前まで切先を突き出す。グダグダぬかすなら殺す。口に出さずとも、表情で分からせる。そもそも、口で語るのは俺はあまり得意じゃない。

「……わかっている」

 元々が出すぎた要求という自覚はあったのか、女はあっさりと引いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る