夜の始まりー7ー

 嫌な記憶に奥歯を噛んでいると、不意に置いていかれていた感のあるエーリヒが口を開き――。

「あ、アーベル!」

 しかし、その呼び声は俺を白けさせた。声が震えてる。続く台詞は、出る前に分かっていた。

「助けてくれ」

 案の定の言葉を鼻で笑ってから、嘲るように答えてやった。

「バカかお前は?」

 絶望を顔の全てで表しているエーリヒ。

 追い打つつもりじゃないが、この女とグルだったと思われるのも癪なので続ける。

「ここで代わってやったところで、奴隷風情に遅れを取るヤツが次の選別で生かしておいて貰えると思ってんのか?」

 犬畜生でも払うように掌を振り、顔を背ける。

「くそ、ちくしょう……なんでこうなっちまったんだよ。なんでだよ! アーベル!」

 ありきたりな呪いの言葉が聞こえてきた。

 女の方に顔を向けると目が合った。横槍を入れる気はなかったので、さっさと済ませろと顎をしゃくる。

 女は、頷きもせずに俺に向けていた注意を外した。

 その視線を追い、エーリヒに視線を向けると……。

 あーあ、こりゃ駄目だな。ガチガチに身体が強張ってる。初めて人を斬る時でもこうはなるまい。狩られるかもって緊張感を楽しめないんだろう、コイツは。本当に闘争を主とするこの国の人間か?

「はぁ――」

 くっだらね。

 そう俺が溜息を吐いてる間に、エーリヒは駆け出した。無茶苦茶に剣を振り回しながら。まるで子供だ。多分、適当に振ってりゃ当たると思ったのだろう。

 ったく、いつもビビッて後ろに隠れて格下しか殺してないからこうなるんだよな。体格的にはクルトよりも恵まれていて背丈もあったので、クルトよりも強いと少年隊では思われていたが、実戦では前に出たがらない傾向がある小狡い奴だ。

 見るまでもない試合を放置して、身体を解す。決着までは、伸び一回分の時間しか掛からなかった。

 消化試合。

 そうとしか言えない内容だったんだろう。

 あっさりと死体になったエーリヒ。喉を突かれ口から血泡を噴いて仰向けに倒れている死に顔は、醜く無様だった。

 本当につまらない男だったな、と、弔辞になりもしない感想を最後に、どうでもいい男を記憶から消す。

 さて、ここからが本番だ。コイツが俺に当たるには少し早過ぎる気がしないでもないが、ここで見逃した後で強くなる前に他のに殺られてるかもしれないんだし、だったらここで頂くのが利口だ。

 戦うのがもったいないような気持ちと、だからこそ殺してみたい気持ちの中、本当に心の底からの笑みを浮かべ、女と対峙した。

 こいつの死体を積み上げれば、きっと昨日よりも俺が築いた死体の山は高くなる。また一歩、あの場所へと近付ける。


 ……はずだった。

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