夜の始まりー6ー

 見事な突きを放った後、余韻も微かに構え直し、エーリヒと向かい合う女。

「ほう」

 思わず声が出た。

 一朝一夕に出来る突きじゃないな。構えた姿勢から、鋭く一気に踏み込んでいる。溜めや、予備動作が少ない。しかも、多少の回避動作を織り込んだ身体中央への全力突進。

 それに――、刺されれば肉は締まる。突いた後、引き抜くにも力か技は必要だ。傷を広げる際の手首の捻り、引き抜くタイミング、剣を傷めないための力加減、すべてが整っている。

 非常に、悪くない。

 クルトの反撃がろくでもなかったこと――攻撃動作に相手が入っているなら、大振りせずに軽く薙ぎ払うか、避けて反撃するのが基本だ――を差し引いても、褒めるにやぶさかではない。

 まあ、返り血をかわすだけの余裕は無かったらしく、頬に数滴の血が飛んでいるし、剣を持つ腕も僅かに血で濡れていたが、そこは殺った人数が少なすぎるから、勝手がわからないんだろう。

 ってことは、訓練は生き物じゃなくて麦藁かなんかが相手だな。


「貴様、歳は?」

 不意に掛けられた俺の声に戸惑ったようだったが、女は表情を引き締めて答えた。

「十六だ」

 剣先はエーリヒに向いたままだった。

 まあ、理にかなっているか。俺よりもエーリヒの方がこの女に近い。

 しかし……二つ上か。

 俺等は、監督官と所属する町の全市民による成人審査後に、十五歳の花嫁を娶る。他部族も似たようなものだから――。

「旦那でも殺されたのかい?」

 復讐のつもりか? と、からかうような顔で鎌を掛けると、女は、真面目ぶった顔をしながらもやや不機嫌そうな声を返してきた。

「……私は未婚だ」

「成程、成程」

 パンパンと手を叩き気のない拍手を送りながら、にんまりと笑ってみせる。

 女は調子を変えた俺を訝しんでいる様子だったが、続けた台詞に顔を青くした。

「面白いな、貴様。隠れて鍛えていたんだろう? 今日まで、自分でも太刀打ちできる相手が来るのを待ってたんだろう? ……何人もの同族を見殺しにしながら」

 図星だな。

 僅かに俯いた顔で分かった。

 しかし、落ち込みつつも油断無く構えているあたり、本当に出来た女だと思う。勝つためには優しさや人道など邪魔にしかならない。コイツはそれが分かっている顔だ。

「貴方とは……違う」

 その言葉に力がないのは、迷いのせいだろう。

「そうかい」

 しかし、そんなのはどっちでもよかった。久しぶりに、面白い獲物が見つかった。それだけで充分だった。なにを考えて武器を取るかなんてのは二の次。得物を取った瞬間から、殺されるまで殺す人生が始まる。

 当然だろ? 望みを叶えるために暴力に訴えるんだから、ろくな死に方はしない。正義なんて、バカバカしすぎて溜息しか出ねぇ。

 殺って、そいつの復讐をしにきたやつを返り討ちにして、死体をどんどん積み上げていって、その山の頂上で後学に殺される。それがこの国の規範であり法だった。だが……。

 ふと、爺さんの死に様が頭を過ぎって……当時の腹立たしさを思い出しつつも、気持ちが僅かに沈んだ。

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