夜の始まりー5ー

 俺たちの物とは明らかに違う、細身の――打ち合いになればすぐに折れそうな剣を構えた女。

 ほぼ直線だけで構成されたような造形はサイフォスっぽいんだが、サイフォスならもっと刃渡りが長く幅広だ。奴隷女の自作かとも思ったが、工業は同族ラケルデモン人の犯罪者なんかが堕とされた半自由人がするべき仕事で、メタセニア人風情が冶金技術を持っているとは思えない。

 つか、そもそも奴隷に武器を持つ権利なんてありはしないんだから、家畜を絞めたり、肉を裁断加工するための刃物なのかもしれない。突くのはともかくとしても、人を斬る際に適した厚みや湾曲が刃に無い。


 改めて得物から女に視線を向ける。

 背は高いが、細身というよりは痩せ過ぎに近い体型で、持っている剣と雰囲気が似ていた。ソリッドでシャープな顔。金の髪。後頭部で結われたその髪は、女の動きの余韻で少し揺れていた。

 険の目立つ顔だ。悲壮感の漂うその面は嫌いだが、刺すように睨むグリーンの瞳は美しいと思った。

「貴方がリーダー?」

 リーダーもなにも、俺は独りだ。最初からずっと、な。群れたつもりなんてない。この二匹を当てにしたことも……ない。


 肩を竦めて、バカにしたような笑みを返す。

「たぶん、な」

「もし、勝てたら――助けてくれる?」

 あン?

 生きるか死ぬかの戦いで、勝って助けるもなにもねえだろうに、なにを言ってやがるんだ、コイツは?

 考えたのは、二呼吸の時間。

 勝てた場合、俺を殺しはしないから、逃げるのを手引きしろってことか?

 俺が理解したのに気付いたのか、女はコクリと静かに小さく頷きあがった。


 一瞬、キレかけた。

 このッ! 奴隷風情が、舐めあがって。

「勝てたらな」

 そう答えると同時に、駆け出すために身を沈めて剣を振り被ると――。

「だってよ、クソアマ

 ガキの頭を掴み上げたクルトが、女に切っ先を向けた。

 あん? お前等が戦うのか?

 折角、盛り上がり掛けてた気勢が削がれた。コイツ等も腹立たしいな。

 しかし、二人の生意気さで、頭は少し冷えた。

 もしかして、クルトとエーリヒは勝ったら助けるのがこのガキだと思ってるのか? ありえそうだな、バカだから。俺等が全員負ければ、自動的にガキは助かるだろうに。

 つーか、女だから自分達でも殺れると思ってるのか?

 チンケな連中め。力量ぐらい正確に把握しろ。構えと気迫から察するに、この奴隷女は、今のお前等と互角ぐらいだぞ?

 まあ、バカは一度痛い目を見ないと頭の使い方を覚えないしな。この女も弱くはないだろうが、この二人でも流石に負けはしないだろう。女の言動は腹に据えかねてはいるが、どうせ死ぬなら結果は同じだし、俺が戦って一瞬で殺しては、女が人生を後悔する時間が無くなる。

 俺は、嘆息して獲物を二人に譲った。


「子供を放して」

 俺が戦いの空気を解くと同時に、女がクルトに向かって言った。エーリヒは高みの見物を決め込むつもりか、クルトからやや離れてニヤニヤしてる。

 一対一を二回か。二人の勝率が一割ほど下がったな、と、冷静に状況を判断する。殺し合いに卑怯もクソもないんだから、二人で掛かれと指示を出そうか悩んでいると、ニイッとクルトが笑い――、ああ、ヤる気だな、そう思った時には子供の首に剣を当てて横に引き、喉を掻き切っていた。

 胴と首は離れていない。剣も悪いが腕も悪いせいで骨の前までしか切れなかったか、と、女に向かって噴き出した血しぶきを見ながら考えていると、女は面白い動きをした。

 呆然とするでもなく怒りを露にするわけでもなく、ただただ冷静に、作業を開始するようなひどくニュートラルな顔で短く横に跳躍し、クルトの正面右方向から一気に突進してきた。

 悪くない。子供を殺した際の隙を適切に衝いている。クルトの剣は女に峰が向いてしまっている。

 ただ、女の陣取った位置はクルトの利き手側。子供の死体とその血を嫌ったのかもしれないが、剣のある方向へと攻めるのは正しい判断とは言えない。

 五分五分、か? というのが相対する姿勢での判断。

 ただ、次の瞬間にほぼ勝負は決まっていた。クルトが、刃を回転させて女に向けるのではなく、剣を振り被ろうとしていたから。

 ――バカが!

 怒鳴りつける間もなかった。クルトが腕を引き、溜めに入った瞬間に、速度の乗った切っ先がクルトの胸――心臓を射抜いていた。

 女が手首を返し、傷を広げ引き抜く。

 噴き上がる血が宙を舞った。

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