夜の始まりー4ー
近付いて気づいたが、一番近い灯りは屋内の火ではなく、屋外の火だった。
家の前で焚き火を囲み、子ヤギを炙っている。働けなくなった老ヤギではなく肉の柔らかい子ヤギを絞めるあたり、なにかめでたいことでもあったんだろう。
まあ、そんな住人の事情は、こっちには関係ないことだが。
……いや、関係あるか。
他よりも良い食い物がある以上、この家の連中を殺して盗る。夜中に外で火を焚くなんて目立つ行為は、襲ってくださいって言ってるようなものだ。
それがこの国の常識だ。
立ち上がり、一足飛びに間合いを詰め、火の番をしている中年男の首に斬りかかる。中年男が俺に気付き、目が合った。直後、口をポカンと開けた中年男の首が宙を舞った。
こういう場合、人はすぐには声を上げられない。素人は瞬時に危険に反応出来ないからだ。
中年男から少し離れた場所にいる二人に狙いを変える。気配に気付いたのか、顔だけをこちらに向けた中年女は、さっきの中年男同様に硬直した。だから、そのまま気付いていない三人目――俺等と同じ位の歳の男の首と一緒に、二人まとめて突き徹す。別に、即死しなくても構わない。動脈を切ればそう経たずに死ぬし、喉笛さえ斬れてれば声を上げられることはない。
ひとり目の中年男の体が土の上に倒れる。同じ音が更に二つ続く。
静寂は一瞬。
微かな物音に、すぐに体勢を立て直す俺。
一番近い家の扉が、ゆっくりと開けられ――。現れたのは、恐る恐る外の様子を窺った顔。戸口から突き出されたその顔を、真横から首を刈って切り落とす。骨の白さ、ピンク色の肉の間に微かに白い脂肪が見えた気がした。
ただ、その光景はほんの刹那の事で、噴き出した血が辺りを染め、慣性に従って意思を無くした身体がドンと玄関の敷石に転がった。
刃の血糊を、最後に斬った目の前の男の汚れていない背中の服で拭う。綺麗に首を刎ねたから、背中側は綺麗なもんだった。
これで終わりか、と、呆気なさ過ぎる顛末を幾分つまらなく感じたが、そもそもが空腹を満たすのが目的で、殺しはあくまで手段だったか、と、思い直す。呆気なかろうが、もう狩りは終わりだ。憂さ晴らしに使えそうな獲物なんて、どうせこの辺にはいやしない。
焚き火の前へと戻り、子ヤギの前足を切り落として齧る。
美味いな。肉が柔らかい。
それに、塩と……生意気にも、香辛料も使っているのか? 少しだけのピリッとした辛味の刺激が堪らない。家捜しして金目の物を奪うのは後からで良いか、と、さっきの中年男が座っていた丸太に座り、本格的に食い始める。
クルトとエーリヒはすぐに合流してこなかった。力量による序列を弁えているから。
しかし、その代わりに――。
「アーベル!」
ん? と、肩越しに振り返ってクルトを見れば、得意げな顔で「まだ一匹残ってたぞ!」と、叫んだ。
バカが、大声を出しやがって、と、思ったものの、この村は不要な抵抗をして犠牲を出したくないのか、他の家々の明かりは消え、周囲はひっそりとしている。
多少はっちゃけるのは、放っておいても問題なさそうだ。
先に家の方でなにかしているのには気付いていたが、隠れていた――おそらくガキが老人だろうが――のをわざわざ引っ張り出さなくても良いだろうに。
殺ったのか? と、目で訊けば、首を振ったクルトが右手でなにかを引き摺って来た。家の外に出された途端、ソイツは大声で泣き始めあがった。
「う、うわぁあああ!」
クルトが髪を掴んで引き摺り出したのは、俺等よりも四歳ぐらい若そうな男のガキだった。縋るような目を向けてくるガキを一瞥し、喧しい泣き声に舌打ちをする。ガキと女の泣き声は嫌いだった。甲高い声が耳障りで。
「殺るならさっさと狩れ。どっちが殺るかで揉めてるなら、先に見つけた方だ」
俺は別に充分すぎるほど殺してきたので、次の青年隊への選別で漏れる可能性は無い。ギリギリのお前等が数を稼ぎたいなら好きにしろ、と、言外に示し、飯に戻る。
しかし、さっきと比べると肉の味が不味くなった。
ジジイババアなら、どうせ先もたいして残ってないし今後の生産性もないので構わないが、働き手の資源を減らすのはどちらかといえば不合理だと俺は思っている。それに、子供を殺すと面倒事になる確率が高い。
泣き声に呼び寄せられ、義憤に駆られた若い衆が出て来る可能性が高いからだ。
しかし、全部ひっくるめて考えてみても、誰かが子供を殺ろうとしているのを止めるほどのものでもない。敵が増えるなら食後の運動だし、奴隷の子供なんぞ間引いても次の季節になれば勝手に増える。強さも知識もない喋る家畜なんて、いくらでも代えはきくからだ。
しかし、この日はいつもと違っていた。
「動かないで」
先に見つけたのかがどちらかを尋問――もとい、食前の運動がてらガキを痛めつけているクルトとエーリヒの前に躍り出てきたのは、肩甲骨ほどの長さの髪を後頭部でまとめて尻尾みたいにしてる……痩せた女だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます