新人キャリアコンサルティング夏樹

ラニ

第1話 初めてのキャリアカウンセリング

ここは丸の内のオフィス街。まさか、自分が丸の内で陽の光を浴びながら出勤する日が来るとは思っていなかった。一年前までは、夜の銀座で胸の谷間を見せながら気のある素ぶりでお客さんを惑わし、高いワインを毎日飲むのが夏樹の仕事でそれが天性でそして、それ以外の場所が自分にはないと思っていたからだ。

高鳴る思いで、39階の自分の社長室に向かった。

「タカピー久しぶり〜本当に今日から働けるんだよね。ありがとう〜」

高木社長はたじろいながら

「社内ではタカピーはまずいよ!それにシャツのボタンは3つも開けてこないで。いいか、クラブグレをクビになったから拾ってあげたけど、ここは8000人の社員がいる総合商社の本社なんだからそこら辺よろしく頼むよ。」

夏樹は急いでシャツのボタンを閉じて真っ赤な口紅を手でぬぐい

「承知しました。高木社長。精一杯頑張るのでよろしくお願いします」

と一礼をした。

「秘書の田中が君の部屋を案内するからついて行ってくれたまえ」

銀座のお店では胸の谷間しか見ないパタリロとあだ名がつけられていた高木だったがなんだか昼間の顔は別人に見える。

秘書の田中に案内された部屋は2畳くらいの個室だった。

「ここが今日から鈴木さんがキャリアカウンセラーとして働いていただくお部屋となっております。カウンセリングの要望がない日はそこに置いてある書類の整理をしたりしてください。でも、今日は九時から総務課の丸山さんがカウンセリングにいらっしゃいますのでよろしくお願いします。分からないことがあったら私田中までご連絡ください」

「は、はい九時ですね。っていうか、あと五分。。わかりました、田中さん私一生懸命頑張るのでよろしくお願いします」

夏樹は大急ぎで、椅子の位置をずらした。

何かのテキストに書いてあった。カウンセリングの時は椅子のいちを真正面より少しずらすのが正解と。そうこうするうちに、部屋の向こうからノックをする音が聞こえた。

手鏡で自分の顔を見ながら夏樹は「はい、どうぞお入りください」と言った。

今日が初仕事。全く自信がない。でも、考えないことが大切だ。夏樹は少しでもベテランに見えるように振舞いながら、総務課の丸山を椅子に案内した。

「初めまして、カウンセラーの鈴木です。よろしくお願いします」

「総務課の丸山です。こちらこそ」

「今日は何かご相談があると思いますが、話しやすいところから順番にお話しください」

「はい。実は、半年前から新しい上司が来て全てのやり方が変わってそれで悩んでいて」

「職場の人間関係のご相談ですね」

「はい。前の上司の時は総務課の雰囲気も明るくて楽しくやっていたのですが、今の上司になってやり方も変わってそれに対して何度か相談を直接上司に申し上げたら、わかりやすいように私にだけ新入社員がやるような仕事を押し付けてくるんです」

丸山はものすごく深刻そうな表情で一点を見つめながら話した。

夏樹はそんな会社やめちゃって銀座の黒服にでもなれば良いのにって心の中でつぶやきながら

「そうですよね。理不尽でやりきれないですよね」と返した。

「なんていうんですかね、それだけならまだ良いんですが、その私を見て総務課の同僚も自分も被害に遭わないようにと私を避けて上司にゴマするんですよ。前はみんなで会社の後に飲み会に行ったり、あんなに仲良かったのに。そんな人間関係にほとほと疲れが溜まって」

「それは本当にお辛いですよね」夏樹は自分の銀座の時の事を思い出した。ママの大切なお客様にアフターで付き合ったら無理やり肉体関係を強要されそうになり、そのお客様の股間を思いっきり蹴ってママにその事を報告したら、ママは大丈夫?と優しく電話越しに相談に乗ってくれたがそのひを境に、ママのテーブルに着くのはおろか、同僚のホステスも一切夏樹を無視するようになった。席にもつかせてもらえないで、待機場で3時間も待っているのに居づらくなって結局夜の街から引退することとなった自分と丸山を重ねて共感した。

「丸山さんにとって仕事とは何ですか?」

「うーん。前まではお給料もらうことよりも仕事をこなして人に認められて、仲間とそれを共有するのが自分にとっての生きがいなのかななんて思っていました。でも、今は仕事とは。。。そうだな、二人の娘を養うために辞めれないから仕方がなく。。お給料をもらうためにいる場所なのかな。」

夏樹は独身だから家庭を養う人の気持ちはわからないがなんだか大変そうなのだけは分かった。

「1日のうちで一番いる場所が職場ですよね?その職場が今丸山さんにとっては居心地の悪い場所なのですよね?」

「はい。毎日をしんどい思いで過ごしているので月曜日になるとなんていうか、足が重いというか。これがいつまで続くのだろうかと思うと。。」

夏樹は何とか丸山の気持ちに寄り添って考えないとと思った。

「丸山さんはこの総務のお仕事がおすきなのですか?」

丸山は考えながら絞り出すように話し始めた

「考えたことがなかったな。一流企業に勤めたくてこの会社を受けて受かって配属されたのが総務課でがむしゃらに働き気がついたら十五年経っていたから。。」

「それでは丸山さんは、小さい頃は何になりたかったのですか?」

「昔はシェフになりたかったんですよ。チーズがとっても大好きでね。チーズばかり食べて、大きくなったらイタリアに行ってシェフになってチーズをたくさん使った美味しいパスタを作るって。今でもその名残でチーズとワインは大好きだな。。でも、最近は食事も美味しく食べれないんですよ。」

夏樹はなんとなく手応えを感じた。これは、カウンセリングでいう問題把握ではないのか?

丸山は、上司が変わって仕事が楽しくない。総務の仕事というより大手の会社が良くてこの会社に就職した。しまった。。次のプロセスはなんだったかな。。夏樹は緊張のあまりカンセリングの手順を忘れてしまったから慌てて、カードを取り出した。

「これは、OHBYカードというものです。今から丸山さんが興味を持ったカードとそうでないものを選別してください」

丸山は言われるががままにカードを選別していった

夏樹は丸山の教務を示したカードを見ながら気がついた。丸山はそもそも総務課向きではないのではないか。上司が変わって仕事がやりづらくなったのではなく、この上司が丸山が仕事ができていないという事に気がついたのではないかと推測した

「丸山さんのカードを見てみると、丸山さんはとても人と接するお仕事がすきなように出てきましたが、人と接するのはお好きですか?」

「は、はい。高校生の時から飲食店でアルバイトをしていて大好きなイタリアンレストランなんですけどもね。そこでシェフが作っているのを見て、熱々の料理をお客さんに運んで、常連さんと話したりして美味しかったよなんて言われるとものすごく嬉しくなってね。そうなんですよ、総務課というよりも本当は世界を飛び回っていろんな人と交渉する仕事がしたくて商社を希望したんだけど総務課に回されたからそれが自分の適正なのかってずっと疑わずにいたけれど」

それだ!夏樹はカウンセリングの糸口を見つけたような気持ちになった

「丸山さんんは、社内FA制度はご存知ですか?これを受けて他の部署に移動をしようと思ったことはありますか?」

「社内FA制度ね。。あるのは知っているけど僕なんかが受けるような器ではないと思って。。」

ハンボルトの自己肯定感の低さだ!テキストに載っていた。

「丸山さんは希望の会社に入社できて、同じ部署でひたむきに15年間頑張られて、上司が代わり悩みながらもそれでも諦めないでご家族のために数ヶ月苦しみながらもやりこなせる勇気と根性があると私は思います。もし、ポジションに空きがあるのなら社内FA制度を利用して、大好きなチーズなどを扱う部門などに志願してみるのはどうですか?」

あーあ、、夏樹は失敗してしまった。カウンセラーは答えを導いてはいけない。クライアントの心の中にある気づきをクライアントに自己理解させる手助けをしないといけないのに。。

「そうだね。なんだか、久しぶりに気分がスッキリしたよ。中々妻にも言い出せなくてね。。ちょっとそのFA制度に応募してみようかなって気分になれました」

丸山の表情が少しずつ明るくなったのを見て夏樹は確信した。私はこのキャリアカウンセリングが好きだ。

人は何のために働くのか、何で日本人は長時間労働をするのか、仕事とはキャリアとは何かなんて、日々の生活で立ち止まって考えないだろう。だけど、人生において一番大切なマッチングは仕事と自分の適正ではないだろうか。

やめる勇気もなく、進む勇気もなく、自分だけで考え込んで答えが見つからないそれがメンタルヘルスに繋がるなんて一番勿体無い。たった一度の人生自分主体にキャリアを構築して人生に異議を見つけるべきではないだろうか。

夏樹は、毎日いろんな人の悩みを解決して人のために生きるって素晴らしいとワクワクしてきた。まだ、これから起こる大事件も知らずに。。。

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