超絶最強"田中"決定戦!

五味葛粉

第1話

「なぁ、田中」

 夕暮れに染まる放課後の教室で、俺は田中に声を掛けた。


「何だよ田中?」

「何かしら田中君?」

「どうした田中?」

「呼んだ?田中君?」

 返ってきたのは同じクラスの田中、四人の声。


 そう、俺も合わせ、このクラスには総勢で五名もの"田中"が在籍しているのだ。


「「「「………ちょっと待って(くれ)、田中(君)は俺(私)に声を掛けたんだよ(のよ)、そうだろう(でしょう)田中(君)?」」」」

 四人はまるで打ち合わせでもしたかのように、声を揃えて言った。

 口調がバラバラで上手く聞き取れない。鬱陶しいことこの上ないとはこの事だ。


「なぁ田中、ウザイと思わないか?」

「「「「コイツらが?」」」」

 そう言って田中達は互いに指を指し、

「「「「…………」」」」

 無言の睨み合いを開始した。


 みんな田中の供給過多なこのクラスで生活しているのだ、普段は温厚な彼らがこうなってしまうのも、無理からぬ話だと思う。

 だからこそ、俺は考えたのだ。

 この田中まみれアンビリーバブルクラス世界に秩序と安寧をもたらす方法を。


「戦わなければ生き残れない。田中一族の格言だ」

「……まさか、田中、お前!?」

「クックック、そのまさかさ……」

 バチバチバチバチ!

 悪役じみた笑いと共に、青白い稲妻が田中Aの体表を覆い始めた。


「そ、その能力は!?まさか、伝説の!?」

 田中Bが驚愕の叫びを上げる。

「クックッ、そうだ。この能力は【光の中にいる田中ライトニング・ボルト

 三百年前、魔王を打ち倒した伝説の田中勇者が発現したのと同じ能力さ」


「そんな、嘘……だろ?お前はこの前まで確かに無能力だった筈!どうやってそんな能力チカラを――――ハッ!田中……お前、まさか……」

 田中Aと同じくバスケ部所属の田中Bは真相に気付いたようだ。

 その悔しそうな顔を嘲笑うかのように、田中Aは告げる。

「その通り。俺はのさ。悪いな田中」

「そん、な……」

 ガックリと膝をつく田中B。


「……ねぇ、能力とかレギュラーメンバーって何の関係があるの?」

「さ、さぁ?何の事だろう、分からない」

 田中Cと田中Dは状況が理解出来ないらしく小声で話合っている。


(やはりな。田中能力を発現しているのは俺を含めて三人。マトモな田中二人には悪いが、先に消えてもらうとしよう)

 田中Aはそう思い、田中CとDに向かって歩き出した。


「よ、止せよ田中……一旦落ち着こうぜ?な?」

 取り成すように、田中Dは後退りながら言うが、田中Aは止まらない。

「どうしちゃったの田中君?変だよ」

「……悪いな」

 田中Cの言葉も同様、耳に届かないようだ。


 ゆっくりと後退っていた田中CとDはやがて教室の壁に追い詰められた。そもそもクラスメイトの田中Aが本当に危ない事をする筈が無い、とそう思って本気で逃げようとしなかったのを田中Cは後悔した。


 バチバチバチバチ!

 田中Aの両腕には現実のモノとは思えない稲妻が走っている。

 よく分からないけど、あれに触られたら、死ぬ。

「ひ、ヒィ、嫌だ。止めてよ田中君……そんな酷いこと、何で?お願い、許して」

 ガタガタと震え、涙声で懇願する田中C。

「…………」

 田中Aは応えず、無言で必殺の稲妻を宿した両腕を田中CとDへと伸ばす。


「本当に……いいんだな田中?止めるなら今のうちだぞ?」

「!?」

 普段常に挙動不審な田中Dが鋭い眼光を放ちながら言った。

 それに気圧されるように田中Aの腕が一瞬、止まる。


(な、なんだこの迫力は!?コイツ、まさか?…………いや、そんな事はあり得ない。現に奴からは何の能力チカラも感じない。……ハッタリだ。田中陰キャ代表みたいなコイツが!俺に勝る能力持ちなど、そんな訳が無い!ハッタリだ!)


 半ば自分に言い聞かせるように心の中で叫び、田中Aは再び腕を――動かそうとして停止した。

 彼の眼前では田中CとDが見つめ合っている。

 まるで今の状況など関係無い、そこは二人だけの世界で、何人も立ち入る事は許されないといった"圧"を放ちながら。


「た、田中君?ど、どうしたの?」

 田中Cが驚き、尋ねる。

 そんな彼女の瞳を見据えながら田中Dは言った。


「好きだ。俺と付き合ってくれ」


「ふぇっ!?」

 突然すぎる告白に田中Cの頬がボッ!と赤くなった。

「ちょ、ちょっとなに言ってるの田中君?……じょ、冗談でしょ?」

「冗談なんかじゃあ無い!」

「ひぅっ!?」

 ガッシ!と田中Cの両肩を掴み、田中Dは言う。


「本気なんだ。俺は本気で、田中、お前が好きだ」

「い、いきなりそんな事言われても……」

「……これを見ても同じ事が言えるか?」

「?…………え!?そんな……ウソ……」

 田中Dが懐から取り出したモノを見て、田中Cは目を見開いた。

 それは一つのペンダントだ。

 ハート型を半分に砕いたようなデザインの、田中Cがいつも首に着けているモノと同一の片割れ。

 彼女とオリジナルのペンダントだった。


「そんな……まさか……貴方が……私の弟?」

「そうだ姉さん」

 コクン、と田中Dは頷く。

「えぇ!?だって、じゃあ、さっきの……こ、告白、は?」

 モジモジと上目遣いで田中Cは尋ねた。


「勿論、嘘なんかじゃない。本気だよ姉さん。……本当は、俺、告白はしないつもりだったんだ。そっとペンダントと手紙だけ出して消えようと思ってた。でも、ダメだったよ。どうしても離れられなくて」


「な、何でそんな!?だって私達は姉弟なんでしょう?結婚は出来ないけど、一緒に暮らす事は――」

「出来ないんだ。俺は帰らないといけない。十年前、野垂れ死にそうだった俺を拾ってくれた組織に、恩返しをしないと……」


「「グワァァァァァァァァァァァ!!!!!」」

「え?」

 その時になって田中Cはようやく気がついた。

 さっきまで自分達を襲おうとしていた田中Aと、後ついでに田中Bも教室の反対側、事に。

 誰がやっている訳でもない、何か、見えないチカラが働いているようだ。


(見えない、チカラ?)

 ハッ!として田中CはDを見た。

 田中Dは嬉しそうに頷き、言った。

「そう、これが愛し合う田中姉弟ラブ・インフィニティ】だよ姉さん」


「ら、ららら、らぶ!?ってそんな、私は別に……」

「照れないで姉さん。仕方無いんだよ。俺達の一族は双子で生まれ、双子で愛し合う運命なんだ。だからこそ、俺は姉さんから離れられなかった訳だし……その、姉さんも俺の事、嫌いじゃないでしょ?」

「そ、そんな事……ないし……」

 田中Cは俯く。その顔は恋する乙女のそれだった。


「「グワァァァァァァァァァァァ!!!!!」」

(何て能力だ……ラブ・インフィニティ。数ある田中能力の中でも唯一の双子専用能力。まさか、これ程とは……)

「クゥッ!」

「ヤバいんじゃないか田中?」

 まるで台風の中心に放り込まれたような"圧"で窓に抑えつけられながら、隣の田中Bは言った。


「フンッ、随分と余裕じゃないか田中。分かってるのか?コレから何が起きるのか」

「あぁ、俺だって能力者の端くれだ。話は聞いた事がある。今のはラブ・インフィニティの第一段階能力。そして次、第二段階はキスで発動する」

「そうだな、そこまでは俺達でも何とか耐えられる。だが」

「その次は、恐らく……いや、確実に殺されるだろうな」


 ラブ・インフィニティ第三段階能力、それはキスの次に行われる十八禁生殖行為。

 その能力チカラが発動し、この教室が奴等のと化した瞬間、耐性の無い俺達田中童貞は死滅する。


「フハハッ、まあ、しょうがないな」

 田中Bが何故か笑い出した。

「何が可笑しい?」

「いいや、やっぱり俺は俺だなぁ、と思ってさ」

 ズン!と双子の"圧"を受けながら、田中Bは足を踏み出した。


(何だ?あ、熱い?)

 ラブ・インフィニティの"圧"は強大で抗いがたいモノだが、熱気は感じなかった。むしろストロベリーな甘い匂いが漂っていたのだが、今はそれが無い。どころか、反対に熱く、汗臭い。部活中に嗅ぎ馴れたこの匂いは……。


「まさか、田中、お前!?」

「フッ、勘違いするなよ田中。お前の為じゃないぜ。俺がお前を倒す為に、仕方なく協力してやるだけだからな」


 そんなどこぞのツンデレ悪役のような、少年漫画に出てきそうな台詞を田中Bが呟いた瞬間、

 ゴウ!

 と、彼の体から激しい炎が吹き出した。

 それは田中Aの体を優しく包み、強大な姉弟の巨大な"圧"から守ってくれる。


「お前……この能力チカラは……」

「【友達思いの田中バーニング・エンジン】それが俺の能力だ」

 田中Bは静かに呟いた。


「バーニング・エンジン……」

(双子の能力チカラが愛の大きさなら、田中の能力チカラは友情の大きさだ。だが……)

「何で……何でこれ程大きな力が出せるんだ田中?俺は、俺はお前を裏切ったんだぞ?」


 (次の大会は恐らく俺達バスケ部の高校生活最後のものになる。俺達は三年間ずっとベンチだった。それを二人揃ってでは無く、俺だけがレギュラーに選ばれたのだ。こんな裏切りがあるだろうか?)


 しかし、田中Bは言う。

「それは裏切ったとは言わないだろう。お前が努力した結果だ。それに、俺は今からお前の活躍が楽しみだぜ」

「なっ!?田中……お前は……」


「な、何赤くなってんだよ馬鹿!さっきも言ったけど、勘違いするなよな!」

「は、はぁ!?赤くなんてなってねぇよ!馬鹿はお前だ!この似非ツンデレが!」

「なっ、俺がツンデレだぁ?ふざけるなよ変態!」

「何だとこの!」

「ヤル気かよコラ!」

 優しく燃える炎に包まれる中、田中AとBはお互いの胸ぐらを掴んで睨み合い、

「……プッ」「……ハハ」

「「アハハハハハハハハ!!!」」

 二人揃って笑い出した。


「全く田中には困ったものだぜ。ウザイから皆殺しとか言って、本当は俺の事大好きなんだろう?」

「馬鹿が、そんなんだから勘違い田中って呼ばれるんだよ」

「ハイハイまったく、分かったからさっさとあの姉弟リア充を止めてきてくれよ」

「あぁ、そう――」

 だな、と田中Aが言い終える前に、

「その必要は無いよ、田中君」

 声が割り込んできた。


 そしてそれと同時に、

「イヤァァァァァァァァァァ!!!」

 女性の、恐らくは田中Cの悲鳴が聞こえた。


(何が起きた!?)

 田中Aは驚いた。

 瞬間、田中Bがいきなり前のめりに倒れ、それと入れ替わるように、田中Bの影から男が立ち上がった。


「お前は……田中!?」

 今まで存在を忘れていた五人目の田中がそこにいた。


「クックックック、ハーッハーハッハッハッハッハ!!!」

 高笑いを浮かべる田中E。


 そこで完全に気を失ったのだろう、田中Bの"炎の加護"が消える。

 田中Aは双子の"圧"を警戒して咄嗟に身構えたが、何も来ない。

 田中Eの背後を見れば、田中Dが田中Bと同じように倒れ、それに田中Cが泣きついていた。


「お前がやったのか田中……」

「クックックック」

「答えろ田中ァッ!」

 なおもふざけたように笑う田中EにAが怒声をぶつけた。


「ハハハハ、そんなに怒らないで下さいよ田中君。大体最初に能力を使っての戦いを持ち出したのは田中君、君の方じゃないですか」

 普段は前髪で顔を隠したギャルゲ主人公のような田中E。その髪の隙間から見える瞳が見るも恐ろしい光を放っている。


(コイツ……。)

 そのあまりにも分かりやすい日陰者特有の闇。

 先程田中Bの影から姿を現した事。

 今の今まで全く気配を感じず、存在事態を忘れていた事。

 それらを合わせて考えるに、

(恐らく奴の能力チカラは……)


 田中Aが正解に至ったのを察したのか、Eは笑いながら自身の能力を明かした。

「フフフ、僕の能力は【日陰者の田中ダークネス・エンド】君も田中一族なら聞いた事くらいあるでしょう?」


「一族最強に影が薄いイジメられっ子だって話か?」

「ハハハハ、そうとも言いますね」

 田中Aの挑発を笑い飛ばす田中E。

(チィッ!パシリ野郎が調子に乗りやがって!)

 内心では怒りを露にするが、容易に飛びかかる事は出来ない。


 田中Aの能力ライトニング・ボルトは近距離最強と呼ばれる能力だ。稲妻を身に宿した攻撃は、本気を出せば自然の雷そのものの速度と威力を引き出せる。

 が、田中Eの能力ダークネス・エンドはそれよりさらに上、全田中能力で最強と称される能力チカラなのだ。


 気配遮断に影潜り、影の刀に影の鎧といった多種多様な応用能力もさる事ながら、一際厄介で強力なのが"物質透過"だ。

 いくら速かろうが攻撃が当たらないのであれば意味が無い。

 それどころか影に潜られたら一発でアウト。田中BやDのようにろくな抵抗も出来ずに負けてしまうだろう。


 だが、それでも、

「俺と戦う筈だった田中を、卑怯にも影の中から攻撃したお前は許せない」

「フハハハハ、熱い熱い。高校生にもなってよくもそんな恥ずかしい台詞が吐けるものですね」

「フンッ、ボッチなお前には一生分からないだろうさ」

「はぁぁぁ………ヤダヤダ。そうやってすぐにボッチだ陰キャだ変態だ!気に入らないんですよ!」

 激昂した、ように見える田中Eは全身を黒い影で分厚く覆い、両手持ちの大剣を生み出した。


「だったら、俺を倒して見ろッ!!ロリコン変態犯罪者野郎―――――ッッ!!!」

 全力で稲妻を引き出し、田中Aは地を蹴った。


「ロリコンは犯罪者じゃねぇぇぇぇぇぇ!!!絶対的な!!!正義だァァァァァァァァァ!!!!!」

 カウンターを合わせるように、田中Eは大剣を大きく振り上げた。


「ライトニング――――」

「ダークネス――――」


 二人の超絶必殺技が炸裂し、ついに決着がつくかと思われたその瞬間、彼らは現れた。

 ガラガラガラ(教室の扉を開ける音)


「おぉい!田中ぁ!いつまで遊んでんだ馬鹿野郎!とっくに練習始まって――――って、うおお!補欠田中が倒れてるじゃねぇか!…………てか何やってんだお前ら!?」


「「……………いや、その、田中が何か……」」

「はぁ?聞こえねぇよハッキリ喋れ。ったく。とりあえず補欠田中とそっちのリア充っぽいのは保険室連れてくから。マネージャー!このレギュラー田中、体育館まで連れてってくれ!」

「はーい!じゃっ、行こっか田中君!」


「いや、その、今滅茶苦茶大事な場面で……その」

「ハイハイダメだよー、せっかくレギュラーに選ばれたんだからオタキッキーな友達とゲームばっかりしてたら」

「いや、奴は別に友達って訳じゃ――」


 田中Aはそんな感じで連れ去られ、田中BとDはバスケ部顧問の先生に担がれ保健室へ。田中Cもそれに付き添って行った。

 そしてそれと入れ替りで黒ギャル三人衆が現れて、

「おい田中ァ!探したぞコラァ!」

「荷物持ちする約束だっただろうがYo」

「もぉ、ダメだよ田中君。今日はいつもの三倍、オ・シ・オ・キだからね?」

「ヒィッ、そ、そんなぁぁぁ許して下さいよぉぉぉぉ」


 …………そんなこんなで今日も今日とて最強の田中は決まらないのであった。


 ―――――――――――――――――――――


 一方その頃、どこかの高校にて。


「何?田中能力者達が最強を決める勝負を?……結果は?」

「いえ、決着はつかなかったようですが、かなりの手練揃いのようです」

「フン、田中が最強だと?銀河最強の"鈴木"一族を差し置いてよくもまぁ」

『ハハハハ、ソレチガイマース。ギンガサイキョウハワレワレ"佐藤"イチゾクデース』

『これは聞き捨てならんな、一番強いのは私ら"松本"一族じゃろうて』

『フム、では最強の一族決定トーナメントを開くのはどうだろうか?まあ、優勝するのは我ら"高橋"一族だろうがな』

『『「ほう……それはオモシロそうだな」』』


 とまあ、そんな訳で、

 彼ら田中一族の戦いはまだまだ始まったばかりだ!

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