DIVE_35 再会と脱出
どれくらい経っただろうか。
あのあと屋敷と呼ばれる場所に移された亮司。刑務所のような部屋に放り込まれてからかなりの時間が経過していた。時間が分からないここは食事を運んでくるエイジが時計代わりになっていた。
鋼鉄の扉の外からは叫び声や呻き声が聞こえてくる。それが睡眠の妨げになり安眠することができなかった。
遠くから足音が聞こえる。こちらへと。亮司は耳を澄ませてこれが食事を運んできたエイジだと確信した。
「食事だ」といつものように扉の下から差し出される。
「なあ、暇だろうし……俺の質問に答えてくれよ」
誰とも話せない時間が続くことに嫌気が差して亮司は言った。
「……少しくらいならいいだろう」
哀れみの目をしてエイジは了承した。
「それじゃあ聞くけど、俺に渡したあのカードは何だったんだ?」
亮司は漆黒に塗り潰されたカードのことを聞いた。
「あのカードは父上の力の象徴だ。それを持ったお前がどのように考え、どのように行動するかを観察していた」
漆黒に塗り潰されたカードは実験を円滑に進めるためのものだった。
「他の奴にも渡したのか?」
「お前だけだ。他の者と違ってメインの実験の進みが一段と悪かったからな」
エイジは鼻で笑って答えた。
「カードのことを知ってるなら、あいつ……ミツルのことも知ってるよな」
亮司にとってカードのことはさして重要ではなかった。ミツルに繋げるための点に過ぎなかったのだ。
「ああ、よく知っている。指示もしたからな」
「教えろ。あいつは誰なんだ」
亮司は鋭い眼差しで問うた。
「本当のお前の記憶や人格を元に作られた完全自律型AI、の実験モデルだ」
エイジの返答に、亮司は衝撃を受けた。
「あいつが……俺の……」
時より感じた懐かしさの理由。それはミツルが本当の自分を元に作られていたからだった。
「まあ、完全自律とは名ばかりで、まだ我々の手を借りなければならない状態だがな。やはり人間が人間を創るのは遠い未来の話か」
話の途中でエイジは死期を悟った目になった。
「質問はもう終わりか?」
「聞きたいことはあるけど、もう終わりでいい。答えてくれてありがとう」
亮司は素直に感謝した。他の質問はエイジにするような質問ではなかったらしい。
「そうか。なら逃げようなどと考えず静かにしておけ」
「…………」
エイジは亮司が話しながら黒革チェーンの足枷を外そうとしていることに気づいていた。
「仮に枷を外して逃げたとしても、ここは人里離れた山奥。遭難するのが落ちだ。それにお前は警察に助けを求めようと思っているのだろうが、すでに根回し済みだ。助けてはくれないぞ」
続くエイジの言葉で、亮司の脱出計画は完全に頓挫した。
「……でも俺にはまだ頼れる人たちが残ってる」
それでも亮司はまだ諦めてはいなかった。
「そいつらも、社内の人間も、必死にここを探しているだろうな」
エイジは失笑した。
「尻尾を出した以上、いずれは見つかる」
「ああ、いずれな」
エイジは扉越しに目を伏せた。
その時、突如として音が鳴り響いた。それはエイジの携帯端末の音だった。
「エイジ。出番だ」
そこから村雲の声がした。
「はい、父上」
エイジはその一言だけで全てを理解したようだった。
「おい、どこに行くんだよ」
亮司は器用に立ち上がって声をかけた。小窓からエイジの目が見える。
「……これから私は脳内のデータを完全に消去して真っ新になる。そこに父上の全てを直接移植するのだ」
「それってつまり……」
「私は真の意味で第二の父上となる。機器は完成し調整も終わった。失敗はないだろう」
エイジの声には覚悟がこもっていた。
「それでいいのかよ! 死ぬってことだぞ!」
亮司は納得できず叫んだ。
「それでいい。私は父上のために生まれ、父上にために生きてきたのだ」
エイジは歪な現実に生き、それを受け入れていた。
「お前のデータ抽出は、おそらく生まれ変わった私がするだろう。その時はよろしく頼むぞ」
そう言ってエイジは歩きだした。亮司は引き留めようと何度も叫ぶ。
だが亮司の叫びも空しく、エイジは扉の向こうに消えていった。扉が閉まる直前、
「……兄弟か」
エイジはそう呟いた。その声は亮司には届かなかった。
「…………」
エイジを止めることも、ここから逃げることもできない亮司は無力感に苛まれた。
「……くそ」
しかしながら諦めの悪い亮司は懐から取りだした残飯の骨を手にトイレのほうへ。トイレは貯水タンクが壁とぴったり接していてボルトで固定されていた。そのボルトを骨で挟んで回す。少し錆びていたが時間をかけて根気強くやることにより緩んでいった。
ボルトを外したあとに貯水タンクを壁から剥がすと壁の中が見えた。当然ここに脱出できるような通路はない。
けれども面白い発見があった。村雲の言った屋敷という言葉。牢獄に見えるこの場所は元々木造の屋敷でそれを改築したものだった。
その証拠に壁の内に木の枠組みがあった。鉄の壁と思っていたのはただの鉄板で本来の壁に突貫工事で覆い被せたものだったのだ。
湿ってかび臭い木の枠組みを殴っているとぼろぼろと崩れ落ちた。それを何度も続けたあとに伸ばせるだけ手を伸ばして探っているとコードのようなものに触れた。
「……よし!」
予想した通りの手応えに喜んで亮司はそれを強く引っ張った。姿を現したのはコードの束。そのどれかがあの鋼鉄の扉の制御システムに繋がっていると踏んでいた。
ここへ連行された時に目隠しをさせられていたが、耳で電子ロックの解除音を聞いていた。電脳商店街で働いていた時の勘を頼りにその中から一つのコードを選びだして露出した鉄板の角に強く擦りつける。
完全に千切る必要はない。十分な損傷を与えるだけでいい。
ノコギリのように上下に手を動かしていると、どこからか電子音がした。
ビンゴ。亮司はペンギン歩きで扉まで近づいて手で押してみる。するとびくともしなかった鋼鉄の扉がゆっくりとその重い腰を上げた。
開いた扉の隙間から外の様子をうかがう。誰もいないと判断して亮司は外に出た。
「……どこへ行けば」
ラジエイト社のゲストルームを思い起こさせる廊下。左右には一定間隔で同じような扉がある。そこからは頭を悩ました呻き声や叫び声が聞こえてきた。
そんな精神病棟のような中を歩いて唯一目に入った奥の扉までやってきた。
その扉はこちら側からは開けられない仕組みだった。それならと亮司は小型モニターのところに向かい、顔を動かしてくまなく調べた。が、結局ただのモニターだった。
如何にして扉を開けようか考える亮司。長い間じっとしていると突如として金属が焼けるような音と焦げた臭いがし始めた。
亮司は慌てて後ろに下がった。
扉の表面、一部が真っ赤に染まり、それはジジジと音を立てながら円を描くように動いていった。
完成した円は、そのまま亮司側に大きな音を立てて落ちた。扉には大きな丸い穴が。
その大きな丸い穴からは銃を持った全身黒尽くめの男たちが次々と入ってきた。
「だ、誰だ!」
亮司は壁に背中その男たちを睨んだ。
黒尽くめの男たちは亮司に近づいてきた。そして亮司を強引に反転させて、足枷のチェーン部分を切り落とした。
亮司は目を丸くして解放された自分の両手を見た。
「
黒尽くめの一人は亮司にそう声をかけた。それは英語だった。
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