DIVE_34 主人と奴隷
アメリカ合衆国。カリフォルニア州内某所の山奥。
地下への螺旋階段を下りていく。コツコツコツと二人分の足音が響く。電灯が少ないために薄暗く、空気はひんやりとしていた。
階段の下には重厚な扉があった。足音の主の一人はカードキーを挿入して扉を開けた。
「そこで待っていろ」
足音の主の一人、エイジはそう言って乱暴に亮司の背を押した。後ろ手に縛られた亮司は顔から地面に倒れた。
地面と接触して顔面に走る激しい痛み。亮司は苦悶の表情を浮かべた。
「父上。連れてきました」
エイジは奥の小型モニターに向かって言ったあと、亮司の目隠しを外した。
亮司たちのいる部屋は全面が打ち放しコンクリートで、モニターと前後の扉以外は何もなかった。通路や玄関のような場所なのだろう。
しばらくすると、奥の扉が横にスライドして開いた。どうやら誰かが向こう側からやってきたようだ。
亮司は倒れた状態で顔を上げた。視線の先にはエイジと中年の男がいた。中年の男は白髪交じりで日本人顔、エイジと同じく冷酷な目つきをしていた。
「エイジ。ご苦労だったな」
中年の男は亮司の前までやってきた。
「……誰だお前は」
亮司は精一杯顔を上げて中年の男を睨んだ。
「私は村雲。このプロジェクトの責任者だ」
中年の男は見下ろして名乗った。
「……このプロジェクト?」
「不死プロジェクトだ。お前はそれの実験体なのだよ」
村雲の返答に、亮司は目を見開いてハッと息を呑んだ。
「お前は十五年間、我々のためにデータを提供し続けた。実験体の中では最古参だな」
「十五……年間……」
亮司の顔面はみるみる蒼白になっていく。
知らず知らずのうちに、人生の半分以上を他人の実験に費やしていたのだ。そのショックたるや、常人には計り知れない。
「今持っているものを吸いだしたら、お前はもう用済みだ。屋敷で終わりまで静かに過ごすがよい」
村雲はそう告げて背を向けた。
「待てよ!」
亮司はその背に向かって声を上げた。村雲は立ち止まった。
「どうしてそんな馬鹿げたことのために人の人生を狂わせた……!」
「あの世界が、このくだらない世界を完全に超えるその日を見るためだ」
亮司の問いに、村雲はそう答えた。
「あの世界はまだまだ不完全。完成するには長い時間が必要となる。見届けるには、人の一生はあまりに短い。死んだあとにあの世界の方向性を赤の他人に弄られるなど以ての外。私こそが、TRUE WORLDを本当の意味で真実の世界へと導く」
村雲はため息をついて嘆いた。
「不死なんて不可能だ。人間は必ず死ぬ」
「ああ。肉の檻に閉じ込められている限り、死は逃れられない運命。ならば肉の檻から出てしまえばよいのだ。フィクションのように」
言葉の意味が分からず亮司は眉間にシワを寄せた。
「我々は記憶や人格などのデータ化、抽出に成功した。それらを元にTRUE WORLD内で人として構成、もしくは他人の記憶を消して移植するのだ。そうすれば、同じ人間が誕生する。それを何度も繰り返すことで、私は永遠に生き続けられる」
「そんなの不死じゃない。お前に似た他人が増えるだけだ」
亮司がそう言い放つと、
「それで構わん。今ここに存在する私でなくともいい。この私と同じ記憶を持ち、同じように考え、同じように行動しさえすればな」と村雲は達観した顔で答えた。
「気が狂ってる……」
亮司には到底理解ができなかった。
「お前は何度記憶を消して移植しても、短いスパンで自我を取り戻した。そのせいでメインの実験では全く使い物にならなかった」
今まで黙っていたエイジは二人の間に言葉を挿入した。
「使い物にならなかったのなら、なぜすぐに解放しなかった?」
亮司はエイジに視線を向けて問うた。
「それはお前が父上の……、他の実験体には出せないデータを提供してくれたからだ」
エイジは途中で言い直して答えた。
「父上のなんだよ。言えよ」
「お前は知らなくていいことだ。ですよね、父上」
エイジは亮司の発言を一蹴して、村雲に聞いた。
「……私は機器の最終調整に入る。お前はここにいろ」
村雲は答えずに奥の扉へ向かった。
「はい。分かりました」
答えなかったことには触れずエイジは従順に頷いた。
そして村雲は扉の向こうに消えた。
「親子って言うよりは、主人と奴隷って感じだな」
亮司はエイジに聞こえるか聞こえないかくらいの音量で毒を吐いた。
「ふん。なんとでも言え」
エイジにはしっかり聞こえていた。
それから二人は会話をせず言葉も発さず、時間を消費していった。
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