DIVE_28 吐露から逃走
「亮司……いきなり何を言いだすのですか! この方が信用できる人物かどうかはまだ分かっていないのですよ?」
亮司の言葉にヒーナは珍しく声を荒らげた。
「隠し事があるようだけど、中の情報を見るにこの名刺は紛れもない本物。それに、この人が悪い人でないことを最初に見抜いたのはヒーナじゃないか」
「私の勘など当てには……」
「当てになるよ。覚えている限り今まではずっとそうだった」
亮司はそう言い切った。後ろでモリリンは何度も頷いていた。
「良川さん、全てを話します。聞いてください」
「は、はい。じゃあちょっと待ってください」
良川は返事をしたあと手で何かを操作して、
「あーあー、テストテスト」
口を開かずに言った。その声は普段と違い、頭に響くような感じだった。
「盗聴されている可能性もあるので、これからは別の回線を使って直接頭に伝えます。みなさんも私と同じようにしますね」
良川は再度手で何かを操作して、亮司たちを自分と同じように変えた。
「これで大丈夫なはずです。いつものように話してみてください」
「あいうえお。かきくけこ。さしすせそ。俺は亮司」
「あーあー、なんか変な感じ」
「…………」
亮司とモリリンは言われた通りに話したが、ヒーナは一人黙っていた。
「ん? 確かヒーナさんでしたっけ。言葉のほうは大丈夫ですか?」
良川は言った通りにチェックをしないヒーナに向かって問うた。
「……問題ないです」
ヒーナは答えた。その顔には苛立ちというよりは焦りが浮かんでいた。
「うん、大丈夫みたいですね。……それでは聞かせてもらいましょうか。君たちの知っていることを」
良川はそう言って、サングラス奥の目を静かに光らせた。
「……ふむ。なるほど。まさかそんなカードが存在していたとは……」
亮司から話を聞いた良川は深刻な面持ちで言葉を絞りだした。
「にわかには信じがたいですが、きっと本当なんでしょう。もし良ければ、そのカードを私に見せてもらえませんか」
「分かりました」
亮司はポケットから漆黒に塗り潰されたカードを取りだして、良川に渡した。
カードを受け取った良川はさっそく中身を確認した。
「……こんな物を作れるのは、我が社の人間しかいないでしょう」
良川は大きなため息をついて、より一層深刻な面持ちになった。
「このカードの持ち主は確かミツルと言いましたね。こんな芸当ができる人物を思い浮かべてみましたが、そんな名前の者はいません」
良川は腕を組み、眉間にシワを寄せて考え込む。
「他に何か知っていることはないですか? 些細な事でもいいです」
「……残念ながら……」
亮司は期待の目を向ける良川に対し、そう返事をした。
実は亮司、全てを話すと言ったが、都合の悪い商店街関連のことだけは綺麗に省いていた。そうまでしても復興し盛り上がってきた商店街に悪い影響を与えたくなかったのだろう。
「そうですか……。話を聞けば、みなさんは誰かにつけられているとのこと。ならば我が社にしばらく身を寄せてはどうですか? 警備は厳重ですから安全です」
良川はため息交じりに一つの提案をした。
「うーん……。どうする?」
モリリンは亮司の顔を見て聞いた。
「俺は行くよ。家に戻らないことで相手がどう反応するか見てみたいし」
亮司は迷いなく答えた。
「亮司が行くなら俺も行く」
男口調を忘れずにモリリンは亮司についていくと言った。
「あ、私も行きます」
二人が行くと言ったからか、ヒーナもそう答えた。
「三人ですね。分かりました。ではみなさんの都合が良い時にお越しください。あ、もし良ければ、自宅のほうに迎えの車をよこしますよ」
良川がそう気を利かせると、
「あ、じゃあお願いします」
「俺もお願いしようかな」
「私は結構です」
亮司とモリリンは言葉に甘え、ヒーナは断った。
「迎えは二人ですね。それぞれ都合の良い時間はいつ頃ですか? こちらは今からでも大丈夫ですが」
「今からでお願いします」
亮司が答えると、
「俺も今からで」
モリリンはそれに合わせるかのようにして答えた。
「分かりました。では自宅の場所を教えてもらえますか? 今から向かわせますので」
亮司とモリリンは自宅の場所を良川に教えた。
「はい。到着するまでしばらく時間がかかると思いますので、その間準備をして待っていてください。もうログアウトしてもらって結構ですよ。回線のほうはあとで元に戻しておきますから」
話はまとまったと良川は散会を促した。
「じゃあまたあとで」
モリリンは亮司にウィンクをしてログアウトした。ヒーナは無言でログアウトした。
「あ、そうだ。良川さん。迎えにきてもらう場所って変えられますか?」
亮司はログアウトしようとする良川に聞いた。
「はい。大丈夫ですよ」
良川はにこやかに返答した。
「良かった。じゃあ、この場所にしてください」
地図を出した亮司は、鈴森お気に入りのあの喫茶店を指さした。
「ここですね。分かりました。それでは」
良川は頷いて喫茶店の位置情報を取得し、ログアウトした。
「これでよし、と」
最後となった亮司も準備のためにログアウトした。
ふっと意識が現実世界へと帰ってきて、亮司はDIVEから出た。
「持っていくのは着替え……くらいでいいか」
亮司はタンスの中から適当に服と下着を引っ張りだして、床に転がっているカバンの中に詰め込んだ。
「……よし」
準備が完了した亮司はベランダに出て下の駐車場を見た。どうやら迎えが来るまでここで待つらしい。
それから少しして白い車が急スピードで駐車場に入ってきた。停車するや否や中から屈強な男たちがぞろぞろと出てきた。
瞬間、亮司は彼らが迎えの者ではなく追手だと勘付いた。
「まずい……!」
亮司は急いで部屋に戻り、玄関まで走った。玄関扉がロックされているか確認後、ドアチェーンをかけようとした。
「……あれ」
だが頼みの綱のドアチェーンはバッサリ切れていて使い物にならなかった。
「なんでだよ!」
亮司は大きく舌打ちしてリビングに戻り、大きなソファを縦にして玄関まで押して運んだ。そしてまたリビングに戻り、今度はリビングへと通ずる扉の前にテーブルやタンスを置いていった。
「……ふう。これで少しは安心できるな」
万が一、玄関扉を突破された時のためにバリケードを完成させた亮司。
「さて、これからどうする」
ここは八階。ベランダから飛び降りればただでは済まないだろう。唯一の出入り口も塞いでしまっている。そうすると籠城の選択肢しか残らないが、亮司は彼らが扉の前で指を咥えて待ち続けるとはとても思えなかった。
「いや、待てよ……」
亮司は散らかった自分の部屋を見回した。
「あっ」
亮司は何か見つけたのか声を漏らして部屋に隅に向かった。そこで拾い上げたのは金属製の十メートルメジャーだった。
「これなら行ける」
自信ありげに呟いた亮司はそのメジャーと枕を持ってベランダに出た。その時だった。
ドンッ、と玄関のほうから音がして不揃いな足音が聞こえてきた。
亮司の顏に緊張が走る。しかしここで止まってはいられないと、メジャーの帯を伸ばして手すりに何とか固く結びつけた。
「……よし」
結びつけた帯をグッと引っ張って強度を確認した亮司は深呼吸をしたあとで枕を片手に手すりのその先へ行った。
手製のバリケードに阻まれていた屈強な男たちはようやくリビングに入った。
「念のため風呂場やクローゼットの中も捜せ」
黒帽子の男が冷静に言った。その男は真っ直ぐベランダに向かい、結びつけられたメジャーの帯を辿るようにして下を見た。
伸びたメジャーの帯は五階付近で途切れており、その下には手入れがされておらず雑草だらけの花壇があった。その花壇には大きな跡があった。
「……おい! 奴の携帯電話はあるか」
黒帽子の男は振り向きざまに言った。そうすると、
「はい。布団の上にありました」
別の男が亮司の携帯電話を持ってベランダまでやってきた。それに黒帽子の男は大きく舌打ちをした。
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