DIVE_27 運営、接触

 翌日の午前十時。休日。


 亮司は布団の中で目を覚ました。もぞもぞと布団から抜け出て時刻を確認する。


 結局、あれから亮司はTRUE WORLDにログインしなかった。睡魔に襲われるその時までソファでずっと何かを考えていた。


 ゆっくり立ち上がった亮司は洗面所で顔を洗い、簡素な朝食を食べてからDIVEのもとへ向かった。


「……行くか」


 緊張の吐息を漏らして亮司はDIVEの中に入った。ひんやりとした空気の中、リクライニングチェアに座り、ヘッドセットを装着した。


「ログイン」


 そう言って亮司は接続を開始した。


 意識が遠くへ引っ張られるような感覚を味わった次の瞬間、亮司はTRUE WORLDの中心街に立っていた。ログイン時の頭痛はなかった。


 亮司はいつもの痛覚チェックを終えて、とある場所にテレポートした。


 その場所とは、人気が全くなく、毎日のように三人で集まり、遊びや雑談を交わしたいつもの公園だった。


 公園にはすでに誰かがいた。


「……亮司。来てくれたのね」

「…………」


 モリリンは笑顔を浮かべ、ヒーナは目を丸くしていた。


「……やっぱり帰る」


 いざ二人を前にすると胸が苦しくなり亮司はその場から立ち去ろうとした。


「ちょっと待ちなさい!」


 モリリンは素早く亮司の手を握り思いっきり引っ張った。亮司はよろけてその場に倒れた。


「もう、せっかく来たんだからゆっくりしていきなさいよ」


 モリリンは眉をひそめて小さくため息をついた。


「久し振りですね。こうして三人揃うのは」


 安堵の笑みを浮かべたヒーナは言いながら二人のもとにやってきた。


「おかえりなさい」


 ヒーナが倒れた亮司に手を差し伸べると、


「おかえり。亮司」


 モリリンも亮司に向かって手を差し伸べた。


「……あ、ただいま」


 亮司は二人の手を取って立ち上がった。表情は硬くぎこちないが、もう逃げるつもりはないようだった。


「さっそくだけどみんなで何かやらない? ここ最近は遊びも雑談も全然できなかったから」

「そうですね。亮司、何かやりたいものはないですか?」


 モリリンの提案を受けて、ヒーナは亮司にそう聞いた。


「……いつも通りでいいよ」


 亮司は目を合わせず気まずそうに答えた。


「じゃあまずはトランプでもやりながら雑談にしましょ。飽きたら中心街にでも行ってゲームセンター巡りよ」


 モリリンは亮司の言葉をしっかり受け取り、これからの予定を決めた。


「はい。ではトランプを出しますね」


 ヒーナは指を鳴らしてトランプと丸いテーブルを出した。


 三人はテーブルを囲んで座り、まず基本のババ抜きを始めた。




「ああもう! ちょっとは手加減しなさいよ!」


 ババ抜きとスピードが終わり、大富豪のゲーム中、モリリンは声を上げた。


「本気で来いって言ったのはそっちだろ」


 モリリンに止めを刺した亮司は言葉を返した。


「それはそうだけど……一度くらい勝たせてくれたっていいじゃない!」

「何度か甘い手は出したよ。けどお前はそれでも勝てなかった。手加減以前の問題だよ」

「まあまあ二人とも。そんなに熱くならないで。仲良くするという約束はもう忘れたのですか?」


 雰囲気が悪くなる前にヒーナは二人の間に割って入った。言葉とは裏腹に顏はほころんでおり嬉しそうだった。


「……そういえばそうだったわね」

「……そうだった」


 ヒーナの言葉を聞いた亮司とモリリンは思いだしたように口を開いた。


「少し熱くなりすぎたわ。ごめんなさい」


 モリリンは気持ちを入れ替えるように深呼吸して、素直に謝った。


「俺もご……」


 亮司も謝ろうとしたが途中で言葉の続きを呑み込んだ。頭が謝ることを拒否したのだ。


「どうしたの?」


 モリリンは急に黙った亮司を不思議そうな顔で見つめた。


「あ、いや、なんでもないよ」


 亮司は首を横に振った。


「そう? ならいいけど」


 少し首を傾げて返事をしたモリリンは、


「ねえ、そろそろ中心街に行きましょ。ずっと座りっぱなしで疲れたし、トランプも飽きちゃった」とトランプをテーブルに置いて二人にそう提案した。

「そうですね。行きましょうか」


 ヒーナは立ち上がり、トランプとテーブルを片づけた。


「じゃあ先に行くわね」


 モリリンはそう言って先にテレポートした。続いてヒーナもテレポートした。


 亮司もすぐにテレポートするのかと思いきや手で胸を押さえた。やはり二人といると胸が苦しくなるようだ。


「…………」


 しかし体の奥底からじんわりと温かくなるような心地良さもあり、亮司は本当に前の自分が偽物なのかと疑問を覚えた。


「……いや、あとで考えよう」


 中心街で二人が待っていると思い、亮司は遅れてテレポートした。


 二人が待つ座標に到着した亮司の目の前にはゲームセンターがあった。


「来たわね。さ、行きましょ」


 そう言ってモリリンがゲームセンターに入ろうとしたその時、


「あれ、君たちは」


 誰かが声をかけてきた。


 三人が一斉に振り向くと、そこにはサングラスをかけた黒服の男がいた。


「……誰?」


 モリリンは不審者を見るような目でその男を見た。


「私ですよ私。覚えていませんか?」


 黒服の男は言いながらじりじりと三人のほうへ近づいてきた。


「ちょっと亮司、なんとかしてよ」


 モリリンは小声で言って亮司を盾にした。亮司は困った表情でヒーナのほうを向いた。そうすると、


「離婚されて、この世界で娘さんを探していた方ですよ」


 ヒーナはにこりと笑った。亮司は「ああ!」と声を発して思いだした。


「そうですそうです。おかげさまで娘は見つかりました。ご協力、本当にありがとうございました。まあ、話しかけた瞬間に私だと気づかれてしまいましたがね……」


 黒服の男はトホホと頭を垂れた。


「おかげさまで? 俺たち協力する約束しかしてないはずだけど」


 怪訝な顔の亮司が黒服の男に向かって言うと、


「ああ。娘さんを見かけたので私が情報を送ったんです」


 ヒーナが横からそう返した。


「いつの間に……」


 てっきり口だけの協力だと思っていた亮司は驚き、感心した。


 その当時、真っ先にログアウトしたせいでモリリンは状況が全く飲み込めていないようだった。


「あ、そうだ。みなさんにもお聞きしたいことが」

「何でしょうか?」


 三人を代表してヒーナが聞くと、


「はい。私はこの間、中心街で起こった同時多発クラック事件について調査しているのですが、何か知っていること、気づいたことはないですか?」


 黒服の男はへらへらした顔から真面目な顔になり質問をした。


「もしかして警察の方ですか?」

「あ、に、似たようなものです」


 ヒーナの何気ない問いに、黒服の男はどもった。


「ヒーナ、絶対こいつ怪しい奴だ」


 モリリンは男口調で言い、黒服の男を指さした。


「い、いえ、私は決して怪しい者ではありません」


 明らかに動揺する黒服の男。その様子を亮司たちは不審の目でじっと見つめた。同じ不審の目でも、ヒーナだけは色が違っていた。


「……仕方がないですね。みなさん、会話設定をグループにしてもらってもいいですか?」


 黒服の男は観念したのか、ため息をついた。


 亮司たちは顔を見合わせたあとに会話設定をグループにして黒服の男も参加させた。


 会話設定が変わったことを確認した黒服の男は、


「実は私、こういう者なんですが……」


 そう言って電子名刺を差しだした。


「日本ラジエイト株式会社執行役・開発本部長 良川康博よしかわやすひろ


 名刺を受け取った亮司は内容を読み上げた。


「ラジエイト社って、この世界を創ったあのラジエイト社?」


「はい、そうです。実際に創ったのは本社ですけどね」


 良川は亮司の問いにそう答えた。


「ただのおじさんだと思ってたけど、執行役で本部長ってかなり偉いんじゃないの?」


 続いてモリリンが聞いた。男口調は忘れていないようだ。


「偉いの……かな。いや、偉くないかも……」


 良川はなぜか答えをぼかした。そうすると、


「高い役職のそれも開発担当のあなたがどうしてこの事件の調査をしているのですか?」


 今度はヒーナが厳しい顔で質問をした。


「それはその……警察の捜査がなかなか進展しないので私が……あ、人手不足なので私が調査をしようと思いまして……」


 良川はしどろもどろに答えた。


「人手不足だとしても、警察のほうに全て任せておけばいいのでは?」

「あー……それについては……」


 追い打ちのようなヒーナの質問に良川はもうたじたじだった。


「ヒーナ。その辺にしとこうよ」


 あと少しで真実を引きだせる。そんな時になぜか亮司はヒーナと良川の間に割って入った。良川は助かったと言わんばかりの表情を浮かべた。


「亮司、急にどうしたのですか」


 ヒーナは目を見開き、驚いた声で言った。


「ここが潮時だってことだよ。全てを話そう」



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