DIVE_25 偽物か本物か
暗闇を切り裂いて辺りを照らす太陽が見上げるほどに高くまで昇った頃、亮司は仕事に出かけた。今日は商店街の花屋の定期点検だ。
亮司がTRUE WORLDにログインし商店街へ行くと、大変なことになっていた。
いつもなら人より店の数のほうが多いほど閑散としている商店街。にもかかわらず今日は大量に人が来て騒いでいたのだ。
「おい、そこにいるのは亮司じゃねえか! すげえことになってんぞ!」
亮司の姿に気づいた八百屋の店長は驚いた顔で人混みを通ってやってきた。
「すごいね。こんなに人が多いのは初めて見たよ」
「今日ログインしたらもうこの有り様でよ。何がなんだか分かりゃしねえ」
店長は驚きを通り越して混乱しているようだった。
「でも今こそ商店街を復興するチャンスだよ」
「……もう諦めたって言っただろ。おめえも諦めの悪い奴だな。それにこの集まりもどうせ一時的なもの。二、三日すりゃ元に戻るはずだ」
亮司の戯言に、店長はため息をついて返事した。
「この一度だけでいい。最後にやってみようよ。俺も手伝うからさ」
「…………」
「この好機を逃したら絶対に後悔する! おじさんは分かってるはず! それに本当はまだ諦めきれてないんでしょ! その顔を見れば分かる!」
亮司は沈黙する店長に熱弁した。そうすると、
「……そうだな。結果はどうであれ、これで踏ん切りもつくし……。神様がくれた最後のチャンスだと思ってもうひと頑張りするか。よし! 急いで他の店の連中にも知らせてくるぜ!」
店長は神様がくれた最後のチャンスを離さないように掴んでログアウトした。
「……よし」
亮司は小さく頷いた。
実はこの騒ぎを起こしたのは他ならぬ亮司であった。
この世界にはランダムテレポートと呼ばれる機能がある。その名の通り無作為に選出した場所へテレポートするという散歩拡張機能なのだが、亮司はそれにカードで細工をした。国内の使用者限定で、この商店街へ高確率でテレポートするように設定したのだ。
「これからが本番だから頑張らないと……」
亮司の言う通りこれからが本番だった。今回のは肩慣らしであり、店長らが完全に諦めてしまうのを止めるためでもあったのだ。
ランダムテレポートの使用者は多く、しばらくすれば運営側に気づかれて直されてしまうだろう。そうなる前に亮司は次の策を実行する気でいるようだった。
亮司は商店街に背を向けて、以前カードの解析をした僻地にテレポートした。
ここなら誰にも邪魔されない。亮司がそう思いつつポケットからカードを取りだしたその時、
「カード使ったんだね」
後ろから声がした。亮司は急いで振り向いた。
「邪魔をする気か」
「いや、邪魔をするつもりは毛頭もないよ。手助けにきたんだ。カードがあるとはいえ、君一人でできることはたかが知れているからね」
ミツルの言葉に、亮司は苛立ちの表情を見せた。
「手助けはいらない」
「……忘れたのかい? 無力感を味わい溺れた君は目の前に垂れ下がった藁を掴んだ。そして成功したんだ」
ミツルは無表情のまま例え話をした。
「忘れたも何もそれは俺じゃない。人違いだ」
亮司はうんざりした表情で言った。
「間違いなく君だよ。忘れているだけで」
「…………」
亮司は言い返さなかった。自身の記憶に少なからず疑問を持っているからだろう。
「少しは分かってきたみたいだけど、まだ君は今の自分が偽物であることを完全に認めていない。だから苦しい思いをする」
「……うるさい」
「でもやっとここまできた。これまでは片鱗を見せるだけで、大した進歩がなかった。今が一番本物に近づいている。君が心の底から認めさえすればさらに本物へと近づける。苦しい思いからも解放される。さあ、認めるんだ。今の自分が偽物であると」
「うるさい! 俺に指図するな!」
亮司はカードを握った右手を振るい、声を上げた。
「その荒々しいところも本物に近づいてきた証」
「…………」
亮司は言葉なくミツルを睨みつけた。
「認めるにはもう少しかかりそうだね。……これを君に。きっと役に立つはず」
ミツルは何かのデータを亮司に渡した。
亮司はそのデータをすぐに捨てようとしたが、気になって中身を確認した。
「な、どうしてこんなものをお前が……」
データの中身は今の亮司が必要としているものだった。
「渡すものも渡したし、僕はこれで退散するよ」
「おい! ちょっと待て!」
亮司の制止も空しく、ミツルはログアウトしてしまった。
「……なんなんだよあいつは……」
眉間にシワを寄せた亮司は右手で自分の膝を思いっきり殴った。痛みはなかった。
それから二週間が経った。
亮司が復興させようとしている商店街はランダムテレポートの不具合が直されたにもかかわらず、人で賑わっていた。
「こんにちは」
午後一時。亮司は商店街の八百屋に入った。店内には数人の客がいた。
「おう、亮司! 三日振りじゃねえか! 元気にしてっか!」
「まあまあ元気だよ。おじさんは?」
「はは、見たら分かるだろ!」
店長は右手で胸をドンと叩いて答えた。
「それで、今日は何の用だ。野菜を買いに来たか?」
「いや、様子を見に来た。ここだけ思うように客が増えないから」
亮司は買い物している客がいる中で言った。そうすると、店長の笑顔が切ない表情へと変わった。
「……そのことか。まあ、今の時代に八百屋の需要がないってだけの話よ」
「おじさんはそれでいいの?」
「ああ。全体として盛り上がっているならそれでいい」
店長は力強く頷いて答えた。その答えに亮司は残念そうな顔でため息をついた。
「それにしても亮司、いったいどんな手品を使ったんだ。商店街のみんなびっくりしてるぞ」
店長が興味ありげに聞くと、
「……それを教えて何になるの? みんなで頑張った結果、商店街は復興しました。それでいいじゃないか」
亮司は睨みつけて言葉を返した。
「お、おう。そうだな。変なこと聞いてすまなかった」
店長は亮司の睨みと雰囲気に気圧されて謝った。
「もう用は済んだし、俺はもう帰るよ」
「おう。また来いよ」
店長は去りゆく亮司の背中にそう言ったあと、
「……どうしまったんだあいつ」
他の客には聞こえない大きさで呟いた。
八百屋から出た亮司は復興した商店街の息吹を感じながら歩いた。
商店街全体のデザインは有名デザイナーの手によって一新されており、歩くだけでも楽しい作りとなっている。
商店街の空地には大手チェーン店や需要の高い店などが出店していた。元々あった店はそこまで変わっていないように見えるが、内装や商品などが変わっていた。
もちろんこれら全ては亮司の仕業。そしてまだまだ商店街を盛り上げていくつもりのようだった。
なぜ亮司が短期間でここまでできたのかと言うと、カードとミツルのデータのおかげだった。
ミツルが渡したデータの中には商品の仕入れ先リストや契約済みの出店契約書、協力者の連絡先リストなどが入っていたのだ。
最初は怪しいと感じていた亮司だが、結局のところ利用できるものは利用しようという結論に至った。
リピーターがどうやったら増えるかを考えながら亮司が商店街を歩いていると、
「亮司!」
後ろから声がした。
亮司が振り向くとそこにはモリリン……とヒーナがいた。どうやら二人とも仕事を休んできたらしい。
「またか。邪魔をしないでくれ。忙しいんだ」
亮司はうんざりした表情でどこか別の場所へとテレポートした。
「ああもう! またどこか行った!」
モリリンは悔しげに地団太を踏んだ。
「モリリン、落ち着いて」
「落ち着けるわけないじゃない! ずっと逃げられっぱなしなのよ!」
モリリンはヒーナの両肩を掴み、目を見て言った。
実はこの二週間、亮司は二人に会うたびにテレポートを使って逃げていた。言葉を交わそうともせずにただひたすらと。
「もうこっちの世界はダメね。オフライン設定でどこに飛んだかも分からないし」
冷静さを取り戻したモリリンがそう言うと、
「ですが私たちは亮司の自宅を知りません」
ヒーナは困った顔で返事をした。
「私の家からそう遠くは離れていないことは分かってるし、会って話せる可能性はこっちよりも高いはずよ。それにこんなイタチごっこはもううんざり」
本当にうんざりしているらしくモリリンは大きなため息をついた。
「一度、現実世界で会いましょ。作戦会議よ。集合場所はあの喫茶店で」
「……今からですか?」
ヒーナはまさかという表情を浮かべて聞いた。
「当たり前じゃない! 今じゃないならいつやるのよ! それじゃあ待ってるから」
モリリンはヒーナの承諾を待たずしてログアウトした。
「…………」
ヒーナは一息吐いて苦笑した。それは一方的なモリリンに向けたものなのか、自分自身に向けたものなのか、判断がつかなかった。
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